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スーダンの旅行情報

スーダンイメージ

アフリカ一のホスピタリティーをもつ人々と豊かな歴史遺産

南スーダン独立前の2011年以前はアフリカ最大、現在もアルジェリア・コンゴ民主共和国に次いで3番目の面積を擁する国で、国土の大部分は広大な平原、ほぼ中央をナイル川とその支流が流れています。北部は乾燥した砂漠気候で、人々はナイル川や紅海沿岸に集中して暮らしています。中部、南部、西部では、雨季にはまとまった降水量があり、農耕や牧畜も行われています。

特にエジプトと国境を接している北部の歴史は古く、かつてヌビアと呼ばれていた地域に古代エジプト人の後裔を自認するヌビア人たちが暮らしています。古くから、ヌビアは度々古代エジプトの軍事遠征・支配を受け、金、象牙、奴隷などの供給地として人の往来も多くなり、政治・文化両面で影響を受けた後、自立してクシュ王国を建国、最盛時にはエジプトのファラオを輩出する(新王国第25王朝、俗に言う「ヌビア王朝」)ほどの勢力を誇りました。アッシリアやローマとの争いに敗れた後、紀元前6世紀半ばに南のメロエへと遷都、ギリシャや現在のエチオピア、南部イエメンから遠くはインドまで貿易の手を伸ばして繁栄し、さらに鉄の産地として、アフリカ大陸内では最初期の製鉄技術をもっていたことで知られていました。現在のエチオピア北部にあったアクスム王国によって滅ぼされたあと、キリスト教3王国時代、イスラムの到来、イスラム王国群の林立時代、オスマントルコ・エジプト(モハメッド・アリー朝)の支配、イギリスの保護領化を経て1956年に独立しますが、独立前の1955年に発生した南北内戦が、独立以降も断続的に続き、数度のクーデターと政変を経て、2011年に南部が南スーダン共和国として独立、現在に至っています。現在も西部のダルフール地方や南スーダンとの国境地帯に紛争地域を抱え、政治・経済的には困難な国家運営を強いられています。

政治的には混乱しているかのように報道されるスーダンですが、紛争地域の南スーダンとの国境地帯やダルフール地方を除いて治安は概ねよく、特に北部ヌビア地方は観光客が安心して訪問できる状況となっています。

スーダンは、北部から南部、紅海から西部のチャド国境へと、風土、国土、民族も多様化し、様々な異なった印象の見どころがありますが、現在の国情を考えると、主に北部のヌビア地方を中心にその魅力の一部にしか触れる事が出来ないのが残念でなりません。

決して豊かとは言えないスーダンですが、世界中の旅人の心を捉えて離さない最大の理由は、“アフリカ随一”といわれるスーダンの人々のホスピタリティ。何処に行っても、ゆったりとした笑顔で迎えてくれます。暖かいティーのもてなしがあります。3000年の歴史の余裕と心の豊かさでしょうか?

スーダンの国情報

正式名称 スーダン共和国 / The Republic of the Sudan
元首 オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール大統領 / Omar Hassan Ahmad al-Bashir
人口 約4,023万人(2015年)
首都 ハルツーム
民族グループ アラブ、ヌビア、ヌバ、フール、ベジャ等
言語 アラビア語・英語(公用語)、他にヌビア語等
宗教 イスラム教、キリスト教、土着宗教
面積 1,880,000㎢ (日本378,000㎢の約5倍)
ビザ 必要
電気・電圧 220/240-50Hz:B3/BF/C (マルチタイプがオススメです)
パスポート 入国時6ヵ月以上、見開き2ページ以上
通貨 スーダン・ポンド(SDG)
1SDG = 17.05円 ※2017年10月現在
国旗

スーダン国旗

アラブの統一を求めて、汎アラブ色の国旗を採択。 緑はイスラムと繁栄を、赤は革命と進歩を、白は光と平和を象徴。

気候 ハルツームより北方は、砂漠型気候に近いと言えるでしょう。 季節によりはっきりとした違いがあり、冬の気温は、夜間には4℃位まで下がります。 逆に夏の気温は、43℃以上になる事も多く、暑さを実感します。 雨は殆ど降りません。 ハブーブと呼ばれる砂嵐がしばしば発生し、飛行機を止める事もあります。 南下したステップ地帯でも、気温は高いですが湿度は低いので比較的、旅がしやすいでしょう。 赤道に近くなる南部は、湿度も高くなり、年平均気温で29℃にもなり、年間降水量は、1000mmを超えます。 旅行のベスト・シーズンとしては、スーダン全体では10月~3月の間が、お勧めです。 ハルツーム近郊の観光なら、暑さを我慢出来れば?通年も可能でしょう。
交通事情 国内の長距離の移動には、道路の改修が進んでいるのでバスが便利。ハルツームを起点に、各都市間を結んでいます。
また中型の乗り合いバスは、本数も多く使い勝手が良いので、地元の人の足になっています。

鉄道は、エジプトからのフェリーと連結するようにワディハルファからハルツームへの長距離列車が、ツーリストには、憧れ?の列車でしょう。
この国には、アフリカの船旅を象徴する二大ルートがイル河上にあります。
エジプトのアスワンからワディハルファ間を往復するフェリー船は、今も健在。もう一つ、南スーダンへと国境国境を越えナイル河湿原地帯を往くコスティ/ジュバ間の船は、残念ながら運休中。復活が待たれます。
電話のかけ方 日本からスーダンへ : 国際電話認識番号+249+市外局番(0を取る)+電話番号
スーダンから日本へ : 国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

スーダンへのアクセス

空路の玄関口はハルツーム

1. アフリカルート

エチオピア航空 アディスアベバ経由が週4便運航(仁川で給油駐機2018/06/02より)
※2018/06/01までは香港で給油駐機、週3便の運航。

2. 中東ルート

エミレーツ航空 ドバイ経由にて毎日運航。
カタール航空 ドーハ経由にて毎日運航。
エジプト航空 カイロ経由にて週1便運航。

3. ヨーロッパルート

トルコ航空 イスタンブール経由にて毎日運航。

2018.4月現在

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スーダンの見どころ

ハルツーム & オムドゥルマン

ビクトリア湖を発した白ナイルとエチオピア高原のタナ湖を発した青ナイルとの合流点に位置するスーダンの首都。ハルツーム(新市街)、ハルツーム・ノース、オムドゥルマン(旧市街)の3つのエリアで構成されています。名前の由来はアラビア語の「象の鼻」。かつての象牙の取引の中心地であった事から、両ナイルの合流点が象の鼻のように曲がっているところから、など諸説あります。見所としてはやはり両ナイルの合流点でしょう。オムドゥルマンと北ハルツームを結ぶ橋の付近から、その名の通り白く濁った白ナイルと黒に近い濃い色の青ナイルを見ることができ、雨季の水位が高い時期にはナイル川をクルーズし合流点まで見学に行くことも出来ます。また、スーダンで最大の規模を誇るオムドゥルマンのスーク(市場)は、食品、生活用品からお土産にも良い(?)イスラムグッズなどが売られていますが、活気もあり買い物をしなくとも楽しめます。オムドゥルマンの郊外の砂漠の所々では定期的にラクダ市も開かれ、各地から集められエジプト方面に向かうラクダの多さは壮観の一言です。オムドゥルマンでは他にも、19世紀にエジプトのムハンマド・アリー朝に対して反乱を起こして東部スーダンを独立させたマフディー(「救世主」の意、本名はムハンマド・アフマド)の墓があります。同じく19世紀のイスラム神秘主義ダルビッシュの指導者ハマドの霊廟でもある、ハマデルニール・モスク(金曜の礼拝日には緑色の法衣を着たダルビッシュ達の旋回舞踊が見られます)、新市街では各地の遺跡出土品を収蔵した国立博物館や、597ものエスニック・グループが存在するスーダンならではの民族博物館など多くの見所があります。

メロエ

メロエは、現在ベジラウィーヤと呼ばれる中部スーダンの小さな村ですが、古代クシュ王国後期(紀元前540年頃)の都で、タヌトアメン王によって遷都されました。「メロエ」とは島の土地(あるいは島にある都市)という意味のギリシャ語名で、メロエ文字が解読されていない現在、本来の呼び名はわかっていません。ナイル川に近い場所に、かつての都の中心だったと思われる「ロイヤルシティ」と呼ばれる石壁に囲まれた王宮、神殿、浴場などの遺跡が存在しています。遺跡の様式も、アムン神殿はエジプト様式、太陽神殿はギリシャ様式、装飾品の彫刻はメロエ様式と、数種の文化が混ざっていることが認められます。また、市街近郊にはピラミッド群とそれに付属する小さな葬祭殿、マスタバ墳(方形の地下墳墓)や、ナカの2つの神殿、ムサワラットの複合施設遺跡も築かれており、全てあわせて世界遺産に指定されています。ピラミッドはエジプトと比べると規模は小さいものの、傾斜のきつい独特の形状のものを数多く見ることができます。神殿の壁面には、古代エジプト神話の神々の他、クシュ独自の神(ライオンの頭を持った正義の神「アペデマク」)の、見事なレリーフが彫られています。

カリマとジュベル・バルカル

現在のカリマの街とナイルを挟んだマラウィの街郊外に現存する、クシュ王国前期の都ナパタの遺跡群。紀元前660年頃のカシュタ王の時代のものが多いといわれています。聖なる山「ジュベル・バルカル」を中心に、その山肌を刳り貫いて作られた至聖所と前面に続いて築かれた大アムン神殿の遺跡、王妃や王の家族たちの墳墓として築かれた数基のピラミッド、エジプトの神々と死から復活までの物語を描いた壁画が内部に残るクシュ王国初期のエル・クッルの王墓群が、現在のカリマの街とその郊外に残されています。一方、ナイル対岸のマラウィにはエジプト新王国第26王朝のファラオでもあったタハルカ王のピラミッドを含む、数十基のピラミッドが残るヌッリ遺跡などが残されています。世界文化遺産に指定されていますが、まだまだ訪れる人々も少なくひっそりとしており、遺跡を十分に堪能できます。

スーダンの砂漠

国土の30%以上が砂漠のスーダンには、ヌビア砂漠、バユーダ砂漠、リビア砂漠(エジプトに倣って西方砂漠とも呼びます)の3つの砂漠地帯があります。ヌビア砂漠は、ナイル川の東から紅海まで広がる岩石砂漠で、紅海沿岸部には標高2,000mを越える山脈があります。バユーダ砂漠はナイルの大屈曲部の内側に抱えられるように位置しており、クシュ王国時代はメロエと古都カリマを結ぶ砂漠の通商路が存在しましたが、現在はその通商路がそのまま舗装の幹線道路となって横断しています。バユーダ砂漠には井戸もあり、若干の降雨もあるため、アカシアの木々や牧草も育ち、ベジャリンと呼ばれる牧畜を生業とする人々も暮らしています。ナイル川から西・北西に向かって進み、『ダルブ・エル・アルバイーン(40日間の道)』と呼ばれる、現在も使われているスーダン南西部とエジプトを結ぶラクダのキャラバンルートを超えると、西はリビア・チャドとの国境まで、北はエジプトとの国境まで、面積490,000㎢(フランスの国土とほぼ同等)の茫漠たる砂漠が広がっています。これが3つめの砂漠、世界最大の広さを誇るサハラの一部、リビア砂漠(リビア砂漠全体の4分の1程度がスーダン領)です。砂丘群と砂岩の岩山、ワジ(涸れ川)、ハマダ(礫砂漠)が広がり、人の住まない不毛の大地ですが、リビア・エジプトとの国境には、泉の湧く巨大な岩山「ジュベル・ウワイナット(1,934m)」が聳えています。国境地域のため、スーダン政府よりなかなか訪問の許可が下りない地域ではありますが、古代人が砂岩の上に描いた数百点に及ぶ線刻画や岩画(ライオン、キリン、ダチョウ、ガゼル、牛、そして小さく描かれた人々など)が残されています。西のリビア側には泉や天然の井戸が多くあるため、バーバリーシープやドルカス・ガゼルなどの希少な野性動物も生息しています。

カッサラと東部スーダン、紅海

カッサラはスーダン東部、エリトリアとの国境に近いカッサラ州の州都です。ハルツームと北のポート・スーダンとを結ぶ高速道路上に位置する交通の要衝で、以前はイタリアが敷設したエリトリア鉄道と結ばれた鉄道の運行の中心でしたが、2006年以降運休中。見所は少ないものの、町からも望むことができるカッサラ山地(タッカ、トティル、アウェイティラの3つの大きな岩山)とその麓の街の最も古い区画に残る、日干しレンガ造りの聖人サイード・ハッサンの墓所とモスク、ハルツーム周辺とは違った文化背景を持った人々が集う、ニスワーン、ラシャイダの2つのスークが見所です。ハルツームあたりからわざわざ足を伸ばすには遠すぎるかもしれませんが、エチオピアのゴンダールから国境を越えてここまで来ると、両国の文化の大きなギャップを楽しむことができます。スーダンというと砂漠のイメージが強く、東部は紅海に面していることはあまり知られていません。沿岸には古くは紅海一の港湾都市だったスアキン(現在は遺跡が残る)や、独立後に新しく築かれたスーダン最大の港ポート・スーダンがあります。紅海だけに海は美しく、エジプトには負けるもののダイビング・スポットとしても認知され、大群を見ることができるシュモクザメなどのサメ類、ウミガメ、イルカ、エイ、ナポレオン・フィッシュなどの大物が多く、時期によってはジンベイザメも見ることができ、「ちょっと変わったサイトで潜ってみたい」という欧米人ダイバーに人気です。

西部ダルフール地域

長い間の紛争により、政治的・治安的にも不安定な状態が続いている西部のダルフール地域も、本来は肥沃な穀倉地帯・低い火山が連なる山岳地帯で景観も美しく、地元フルベ(ダルフール=フール/フルベの土地)人の暮らしぶりなど非常に興味深いものも少なくありません。現状、一般的な旅行ができる状況にはありませんが、同地域の観光資源を考えますと国の安定が待たれます。

食べ物・お土産

イスラム教国の為、基本的にはアラブ風料理が主となります。 豆を使用したスープ、アラブ風パンに具となる肉料理(カバブ、ケフタ、グリル類)を付けたり、くるんだりして食べます。生野菜もサラダ代わりに出される事が多いでしょう。独立前は英国領であった為、朝食や他のメニューにも、らしさを感じる事もあります。肉料理が多く、魚はハルツームや北部のドンゴラ周辺で食べるチャンスがある程度で、多くはフライにして食べます。

スーダンの旅行・ツアー

スーダンと同じ地域(サブ・サハラ)の国