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西サハラの旅行情報

西サハライメージ

サハラと大西洋が出会う、ベルベルの人々の国

西サハラ (Western Sahara) は北アフリカの西部に位置する旧スペイン領の地域で、現在は北に隣接するモロッコが大部分の領域を実効支配していますが、亡命政権サハラ・アラブ民主共和国も領有を主張している国際係争地です。アフリカ連合加盟国の大部分と中南米諸国の多くはサハラ・アラブ民主共和国を承認していますが、日本を含め国際社会の多くは承認せず、係争地として中立の立場を取る、あるいはモロッコの実効支配を黙認している状況です。国際連合の「非自治地域リスト」には1960年代以来掲載されています。モロッコによってモーリタニア国境沿いに築かれた「砂の壁」の東側は、サハラ・アラブ民主共和国が実効支配していますが、亡命政府のある事実上の首都はアルジェリア領内のティンドーフとなっています。

西サハラ地域は、イスラムの到来以前からサンハジャ系のベルベル人の暮らす土地で、イスラム到来後はイスラム化したベルベル人によるムラービト朝、続いてムワッヒド朝の支配下となり、モロッコのサアド朝時代にモロッコによる西サハラ地域の支配が確立されました。1886年にスペインの保護領となり、1912年にイフニとモロッコ南部保護領(タルファヤ地方)と合併してスペイン領西アフリカを形成しましたが、1958年にモロッコ南部保護領が、1969年にはイフニが、それぞれモロッコに返還され、1975年にスペインは領有権を放棄して撤退し、1976年にはモーリタニア とモロッコ が分割統治を開始します。一方で、西サハラの独立を目指すサギアエルハムラ・リオデオロ解放戦線(通称ポリサリオ戦線)はアルジェリアの支援を得て武力闘争を開始し、1976年にアルジェリアの首都アルジェで亡命政権サハラ・アラブ民主共和国を樹立しました。ポリサリオ戦線はモーリタニアに対して軍事的優位に立ち、1979年に単独和平協定を締結して領有権を正式に放棄させましたが、モーリタニアが放棄した領域をモロッコ軍がすぐさま不法占領し、現在まで独立をめぐる問題が続いています。現在は、モロッコ軍がモーリタニア国境に沿って「砂の壁」と呼ばれる防壁を築いて周囲に地雷を敷設し、ポリサリオ戦線を「砂の壁」の東側に排除している状況です。

国土は、南のモーリタニアと同様に大西洋岸までサハラ砂漠が広がっているため、ほぼ全土が砂漠となっており、ラクダなどの牧畜で生計を立てている人々がほとんどですが、わずかなオアシスと季節によって川になるワジ(涸れ谷)、一部の沿岸部では農業も営まれています。

西サハラの国情報

正式名称 サハラ・アラブ民主共和国 / Sahrawi Arab Democratic Republic
元首 ムハンマド・アブデルアズィーズ / Mohamed Abdelaziz
人口 595,232人(2015年)
首都 ラーユーン(主張)、ティンドーフ(事実上)
民族グループ サハラウィー人、アラブ人、ベルベル人など
言語 アラビア語ハッサニーヤ方言、スペイン語
宗教 イスラム教、キリスト教
面積 266,000㎢(モロッコの実効支配地を含む)
ビザ 90日以内不要(モロッコ実効支配地域)
電気・電圧 115/127/220-50Hz:A/E/E2 (モロッコ実効支配地域)
パスポート 入国時3ヵ月以上(モロッコ実効支配地域)
通貨 サハラ・セペタ(モロッコ実効支配地ではモロッコ・ディルハム)
国旗

西サハラ国旗

汎アラブ色の黒・白・緑・赤に、イスラム教の象徴である三日月と星を組み合わせたもの。実際に西サハラで見られる旗のほとんどはモロッコ国旗。

気候 全土が砂漠気候で気温は高いですが、沿岸部は寒流であるカナリア海流の影響によって温度が和らげられています。国内に年間降水量が100mmを越える都市は存在せず、雨季に数十mm程度のわずかな降雨があります。
交通事情
電話のかけ方 日本から西サハラへ :
西サハラから日本へ :

西サハラへのアクセス

モロッコの実効支配地域へは、モロッコのカサブランカが玄関口となり、空路入国後、陸路または国内線利用での空路移動となります。
※2018年4月現在、西サハラでは一部の地域で「退避勧告」または「渡航中止勧告」が発令されております。

1. 中東ルート

エミレーツ航空 ドバイ経由で毎日運航。 カタール航空 ドーハ経由で毎日運航。

2. ヨーロッパルート

エールフランス パリ経由で毎日運航。また、ラバトにも毎日運航。
ターキッシュエアラインズ イスタンブール経由で毎日運航。

サハラ・アラブ民主共和国が領有している地域へは、アルジェリアのティンドゥーフにある亡命政府にて入域の許可を取得し、アルジェリアからの陸路移動となります。

2018.4月現在

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西サハラの見どころ

ラーユーン(アイウン)

旧スペイン領サハラの首都だった人口約20万人の西サハラ最大の都市で、亡命政府であるサハラ・アラブ民主共和国は形式上の首都と位置づけています(実際の首都はアルジェリアのティンドーフ)。現在はモロッコが実効支配しており、ラーユーンもモロッコの統治下にあります。町は大西洋に注ぐサギア・エル・ハムラ川河口の30㎞上流、川に沿って位置しており、川は町の付近で貯水池を形成しています。現在の街区は1938年に建設されたもので、漁業基地を備え、近隣ではマンガン鉱・燐鉱が産出されています。実効支配しているモロッコは、着実にインフラ整備を進めており、見た目はモロッコ南部の他の地方都市となんら変わりはありません。

ダクラと大西洋岸の道

ラーユーンの南約550kmにある、大西洋に面する港湾都市。旧称ヴィラ・シスネロス。リオ・デ・オロ州の州都でもあります。町は大陸から南に向かって突き出た半島の先端に位置しており、1502年にスペインが無人の半島を発見し、1884年は軍事基地が建設され、現在もその名残がみられます。半島と大陸の間は浅い湾になっており、汚染のない美しい海と砂の風景は、独特の美しさを湛えています。ラーユーンからダクラを経てモーリタニアのヌワディブに至る海岸沿いの道を南下すると、右手には大西洋が、左手には不毛の砂漠が一望できます。

西サハラの旅行・ツアー

現在、西サハラを訪問するツアーはありません。
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