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マリの旅行情報

マリイメージ

断崖絶壁に住むドゴンと悠久のニジェール河

空港に降り立った時の混沌さと訳の解らない熱気を感じると、何かしらのワクワク感が沸き起こります。多少、埃まみれになることを厭わなければ、期待は裏切られないでしょう。

旅の順路で追ってみましょう。バマコの市は、官製の場所を嫌い路地を埋め尽くした自然発生的な野外市場が、活気があって面白いです。買い物派には、アルティザネ(工芸センター)周辺でしょうか・・・?

モプティに向かっての街道を進むと、そこかしこで村の定期市にも出くわします。水の都モプティでは、行き交う舟をボーっと見やっていても時間は足りない。定期船、生活舟、小型ピローグ、物資満載の舟・舟・・。上流から・対岸から・中州から、ひっきりなしに着いては離れ、離れては着く。旧市街のモスク、市場、泥染めの工房やフラニ女性の探訪は定番コース。

次は、黄金伝説のティムブクトゥ。往時の栄華と繁栄を偲び、探検家の夢に思いを馳せる。ラクダに体験試乗して、トゥアレグ 人を訪問する。最古のモスク《ジンゲベレ》訪問も欠かせない。

最後のハイライトは、バンディアガラの崖沿いに住むドゴンの人々との交流だ。長ーい挨拶を交わし、崖を下り登る。又は、村沿いに歩き、村々を訪問すると、彼らの生活やドゴン神話の一端に触れる事が出来るかもしれない。

時間のある方には、モプティからティムブクトゥへのニジェール河の舟旅が、一押しだ。

旅に疲れたら、この国が誇るアートに触れると良い。木彫り、仮面製作、染色、織物、音楽《民族もポップスも》どの分野でも飛び切りだ。秀逸さを理解する為にも、マリ訪問は、なるべく最後にとっておこう??

国土は、大別すると3つの地域に分けられる。

●北部エリア
国土の3割を占める北部は、サハラ砂漠の一部になる。標高200m以下の低地から300m台の砂の大地の中に、幾つかのオアシスや岩の多い丘陵が散在する。

●南東部エリア
ホンボリ丘陵、南西部には、マンディンゲ山地が横たわる。

●西部エリア
ステップからサバンナへの移行帯であるサヘルの一部をなしている。人口の殆どは、南部に集中している。ギニアを水源のニジェール河は、バマコの南西でマリに流れ込み、大きくカーブしながら国土を横断し、ニジェールに流れ出す。

●中央部エリア
ティムブクトゥを中心とするこのエリアは、河の流れが蛇行し、行き場の無くなった湿地がアチコチに点在する。 特に雨季は、周辺一帯に数多く出現する。

マリの国情報

正式名称 マリ共和国 / Republic of Mali
元首 イブラヒム・ブバカール・ケイタ大統領 / Ibrahim Boubakar Keita
人口 約1,799万人(2016年)
首都 バマコ
民族グループ バンバラ、プル、マリンケ、トゥアレグ等23グループ以上
言語 フランス語(公用語)、バンバラ語等
宗教 イスラム教(80%)、伝統的宗教、キリスト教
面積 1,241,000㎢ (日本378,000㎢の約3.3倍)
ビザ 必要
電気・電圧 220V-50Hz:C/SE (マルチタイプがオススメです)
パスポート 帰国時まで有効なもの、1ページ必要
通貨 マリ・セイファーフラン(XOF)
1XOF = 0.20円 ※2017年10月現在
国旗

マリ国旗

旧宗主国だったフランス国旗をモデルにし、汎アフリカ色を取り入れた。 緑は自然と農業を、黄色は金に代表される鉱物資源を赤は独立のために流された血を表す。

気候 暑く・熱く大半の地域は乾燥しています。 北部では雨も殆ど降りません。南部の年間平均気温は、24~32℃、北部ではこれよりも高くなります。 南部のコートジボワールとの国境にあたる地域での年間雨量は、1,400mmにも達するが、北部では127mm以下と減少していきます。 実質的な旅行シーズンとしては、10月~3月の間がお勧めです。3月も後半に入ると暑さが増してきます。4月、5月の時期が最も暑くなります。 冬季(12月後半より)は、一面に細かい砂で覆われ、砂曇りの涼しい日々が続き旅行には快適だが、カメラマン泣かせかもしれません(特に北部の砂漠地帯は!)。 6月~8月の雨季は、やや蒸し暑い所もありますが、おおむね涼しく視界もクリアー、大地一面が緑一色になり、旅人を全く別の世界に導いてくれます。 首都バマコや近郊の観光なら、通年可能です。
交通事情 空路は、モプティ/ティンブクトゥ/ガオの間を飛んでいますが、観光路線の色彩が強く、また運航面で今一つ信頼性に欠けます。

面倒でも陸上の交通機関の利用がお勧めですが、定期の長距離バスの運行はまだありません。
長距離や近郊都市間の乗り合いバスやタクシーを、利用して旅することになります。定期に近い、不定期運行ですが・・・。

ニジェール河を利用しての水利ですが、多くの小舟(ピローグ)が、行き交い河べりの村々を結ぶ生活舟になっていますが、定期舟ではありませんので、ご注意を!
一度は乗ってみたいのが、バマコ郊外のクリコロから下流のガオまでを結ぶ(モプティ/ティンブクトゥ経由)定期船。
しかし運航スケジュールが不定期の為、なかなか利用しづらいのが難点。

鉄道は、バマコと外港のクリコロを結ぶ短期路線とセネガルのダカールを結ぶ国際列車が運行中。
週3本の運行でのんびり列車ですが、間違いなく旅情は満喫出来るでしょう。
ただし、常に遅れるので、スケジュール作成には、余裕を持った方が良いでしょう。
電話のかけ方 日本からマリへ : 国際電話認識番号+223+市外局番(0を取る)+電話番号
マリから日本へ : 国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

マリへのアクセス

空路の玄関口はバマコ
※2018年4月現在、マリには「退避勧告」が発令されております。

1. ヨーロッパルート

エールフランス パリ経由が毎日運航。

2. アフリカルート

エチオピア航空 アディスアベバ経由が週2便運航(仁川で給油駐機2018/06/02より)。
※2018/06/01までは香港で給油駐機

3. アジアルート

ケニア航空 バンコク・ナイロビ経由が週3便運航。

2018.4月現在

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マリの見どころ

バマコ

ニジェール河沿いに位置するマリの首都。バマコの名前はマンディング語の「ワニの湿地」が由来とされます。街は5つの丘(500mほど)に囲まれており、その1つポワングは観光客の展望スポットになっており、バマコの街並が望め、クールーバという丘(権力の丘とも言われます)には大統領官邸が建てられています。これらの丘の麓の洞窟で先史時代の岩画が見つかっていますが、16世紀にニアレという人々によりバマコが形成されたと言われており、1920年にフランス領スーダンの首都になってから発展しました。街の中心にニジェール河が流れていますが、この辺りの水深が浅いため、バマコから50kmほど離れたクリコロに外港を有し、モプティ、ティンブクトゥやガオへの定期客船はこのクリコロから出航します。2002年にマリで行われたサッカーのアフリカ・ネーションズ・カップを機にいくつかのホテルが改築・新築され、街中にモニュメントが造られるなど、バマコの街も整備され、以前に比べて小奇麗になったような気がします(但し、アフリカ的な雰囲気が失われつつあるようで、残念でもあります)。バマコの見所としては、数年前に改装された国立博物館、上述の展望台、そして革製品、彫刻、トアレグの銀細工や染物などの民芸品センターでしょうか。

モプティ

ニジェール河とその支流バニ川が合流する地点がモプティ。水の都、マリのベニスとも呼ばれます。漁労民ボゾの村が起源とされ、19世紀マシーナ王国の時代に時の王アマドゥが平和と人々の団結を願い、プル語で「再び集まる」の意味モプテが由来とされます。名前の由来のとおり、かっては砂漠から南下するラクダのキャラバン隊と南からピローグ(木舟)で来る人々が出会い、岩塩や穀物の中継地として繁栄しました。現在も、あらゆるエスニックグループが共存する街であり、モプティの港は岩塩、魚、野菜、日用品や衣料など積み込んだ舟で賑わっています。港にあるバー・ボゾでグラスを傾けながら、バニ川に沈む夕日や川岸にいる人々を観察するのもモプティでの旅の楽しみの一つです。モプティでは、現地舟を観光客用に改造した舟でのニジェール河(バニ川)クルーズもお勧めです。車では行くことのできないボゾの集落を訪問できますので、旅の思い出になること請け合いです。モプティ周辺の集落はやはり観光客慣れしていますので、ウルルン的感動をしたい方はモプティからティンブクトゥへの大ニジェール河の舟旅にご参加を!

ティンブクトゥ(トンブクトゥ)

「黄金の都」、「ミステリアスな都市」、「サハラのメッカ」と言われるティンブクトゥ。この辺りは北のサハラ砂漠と南の熱帯雨林の境にあたり、金、奴隷や塩の交易の中継地点として古くから栄えてきました。ティンブクトゥとは「ブクトゥの井戸」という意味で、当時、ブクトゥさんというお婆さんがこの地でトアレグ人隊商のために管理していた井戸が名前の語源とされます。現在も、博物館の庭にこの井戸の跡を見学することができます。ティンブクトゥはマリ王国時代の13世紀から交易の拠点として注目されるようになり、その後に興隆したソンガイ王国時代を経て、莫大な富が集まる重要都市となりました。マリの王であったカンカン・ムーサはメッカ巡礼及びエジプト滞在時に大量の金をばらまき、栄華を極め、その巡礼後にジンガレベル・モスクを1325年に建立。このモスクは現在、マリの観光地の中でイスラム教徒以外の人も入場できる唯一のモスクです。ティンブクトゥ ソンガイ王国の時代には、学問の都としてもその名声を轟かし、イスラムの学校も100を数え、大学も存在し、2万5000人もの学生を抱えていました。この大学の建物のひとつは現在もサンコレ・モスクとして残されています。トンブクトゥの途方もない富の物語や伝説が伝えられるようになりましたが、航海路の開拓により、サハラ砂漠を経由しない通商路が利用されるようになり、ティンブクトゥはソンガイ王国の倒壊ともに衰退。1820年代にゴードン・ラングやルネ・カイエなどのヨーロッパの探検家がこの地を訪れた時には、黄金の都の面影はなかったようです。

ジェンネ

巨大な泥のモスクとその前に立つ月曜市で有名な世界遺産にも指定されているジェンネ。月曜以外は静かな村といった雰囲気ですが、月曜日はロバの荷車で遠方の村々から来たマルシェで商う人々、近隣の村人や観光客で賑わいを呈します。ジェンネの現在の町は9世紀末から10世紀初頭にかけてマルカ(サラコレ)の人々により形成されましたが、そのはるか昔、紀元前250年頃にこの周辺にジェンネ・ジェノという集落も存在していました。ティンブクトゥと「双子の姉妹」と呼ばれ、マリ帝国の時代、13世紀頃から学芸や宗教の中心都市と栄えモスクもこの頃に建てられました。その後、ソンガイ帝国になりモロッコの侵略を受け、ジェンネは徐々に衰退していき、バンバラ、トゥクルール帝国の支配を経て、1839年にフランスの植民地となり倒壊します。現存のモスクは1907年に再建されたものです。以前は、イスラム教徒以外も中に入れましたが、ヨーロッパのデザイナーグループがファッション・ショーをこのモスクで行おうとし、それ以降、イスラム教徒以外がモスクに入るのを禁止しています。

ドゴン

巨大な断崖が聳えるバンデァガラ地方に住む人々ドゴン。ドゴンでも、崖の上の台地に住むドゴン、崖に住むドゴン、そして崖の下の平地に住むドゴンと分けられますが、観光客が主に訪れるのは、崖のドゴンの村々であり、壮大な崖の中腹にへばりつくようなドゴンの集落は一見の価値あり。ドゴンの人々は11世紀から12世紀の間にバマコ南方のマンデ地方からイスラム教への改宗を嫌い、この閉ざされた地に来たとされます。ドゴンがバンディアガラの崖に住み着く前に、テレムと呼ばれる背丈の低い人々が住んでおり、彼らは崖の高所の洞穴に住んでいた(ロッククライミングでしか辿り着けないような場所です)と言われ、現在はドゴンの墓となっています。また、オゴンと呼ばれるドゴンの最長老が崖の高所で人々と孤立した状態で生活しています。そして、天地創造の神話など、壮大な宇宙観、世界観をもち、いまだに神話の世界に生き続けています。神話の中では、ドゴンの人々の社会生活にとってあらゆる要素が含まれており、神話に登場する神などは抽象的な仮面として表わされています。仮面と言えば、ドゴン・ダンスですが、葬送儀礼で踊られるもので、有名なものとしては、60年毎に行われる「シギの祭り」(次回は2027年の予定)、3~5年毎に亡くなった人々の魂を弔うダマ・セレモニーが有名です(観光客用のダンスは常時ご手配可能ですので、念のため)。ドゴンへのルートとしては、①サンガを経由して崖を下りてバナニ村から入る、②バンカスを経由して崖の南端テリ村から入る、③ドゥエンザを経由して崖の北端バンバ村から入る、の3通りがあり、①は崖の上り下りが必要ですが、②と③に関しては崖を迂回するルートになります。ただ、ドゴン滞在に崖の上り(下り)は付き物ですので、村人の生活を体験するべく、是非、自分の足で!ドゴンの村々には、今でも水道や電気が来ていません。ただ、年々、観光客が増えるにつれてドゴンも変わりつつあり、自家発電を有する村もあり、また、多少ですがイスラム化も進んでいるようです。

食べ物

ツーリストがホテルで食べる食事は、旧宗主国フランスの影響で多くはフランス料理をベースにしたものになります。特に、パンはかなりの田舎でも、美味しいモノを出してくれます。ローカルの料理も、セネガルと並び美味しい国の一つ。マリ風クスクスは、是非お試しを。肉は、牛、羊、鶏、兎等メニューにありますが鶏肉が一般的です。魚もキャプテンと呼ばれる白身肉のフライがポピュラーです。主食は、パン以外に、ジャガイモ、パスタ類や米もよく食べます。ドゴンの村では、トォーという雑穀類を挽いて粉にしたものを、熱湯で練り、団子状にしたモノが、主食です。

マリの旅行・ツアー

現在、マリを訪問するツアーはありません。
マリへの手配旅行については、お電話(0120-184-922)またはお問い合わせフォームからお問い合わせください。

マリと同じ地域(サブ・サハラ)の国