フリーコール 0120-184-922

2018年12月20日より、携帯電話・PHSからは繋がりません。
固定電話からおかけいただくか、03-6431-8322までお電話ください。

アフリカの旅を創り続けて41年、専門店 道祖神で行くアフリカ

ブルキナファソの旅行情報

ブルキナファソイメージ

穏やかな人々の暮らす国

ブルキナファソはかつて、ガーナで大西洋に注ぐボルタ川の上流にあったことでオートボルタ(Haute Volta/上ボルタ)と呼ばれていました。ブルキナファソの国土全域がサバンナ地帯にあるため、季節によっては気温が45度くらいまで上昇することがあります。しかし、湿度が少ないので、日陰にさえいれば快適そのもの。また日中は暑いものの、朝晩は冷え込むこともあります。

ブルキナファソには、60ほどのエスニックグループが存在しています。主なグループはモシ、グルマンチェ、ヤルセ、グルーシ、ボボなど。非常に牧歌的な国で、国民の多くも穏やかでまじめ、親しみが持てます。また国民の多くがコートジボワールへの出稼ぎや移民として暮らしており、その多くが、警備員、雑用係、お手伝いさん、農民として生計を立てています。

ブルキナファソの主要な産業は農業と畜産です。農業に関しては、ヒエ、米、ヤムイモ、豆などを生産、また日本では石鹸で有名なシアーバターの実も生産・輸出されています。畜産に関しては、羊、ヤギ、鶏、牛などが飼育されていて、牛は陸路で、コートジボワールその他の周辺諸国へ輸出されています。

ブルキナファソといえば、取り上げなければならない人がいます。第5代大統領トーマス・サンカラです。キューバのチェ・ゲバラとも比較される革命家の彼は、精錬潔癖な人柄のカリスマ性のある人物で、1960年以来クーデターが頻発した祖国で、国民本位の政治をしようとしました。まず国名をそれまでのオートボルタからブルキナファソ(公明正大な人々の国の意味)に変更。そして汚職や腐敗を、まず本人自ら否定し、質素な生活を送りました。政治的には非常にリベラルで、左派的な理念の持ち主だった彼は、教育と社会保障制度の改善、砂漠の緑化事業などを主な政策として、発展途上国から脱却する事を意図した計画経済的、かつ社会主義的なプロジェクトを実践しました。また、政府の中枢に多くの女性を彼の起用した事でも知られています。政策も住民本位を基本に、労働力を提供させるなどしてインフラの整備に努めました。国民からは多くの支持を得る事に成功しましたが、その急進的な政策のために側近の反感を招き、1987年にクーデターで命を落としてしまいました。しかし、それ以降ブルキナファソでクーデターは起こることがなく、よい意味で彼が残した伝統を守る、文字通り公正明大な人々の国として現在に至っています。

ブルキナファソの国情報

正式名称 ブルキナファソ / Burkina Faso
元首 ロック・マルク・クリスチャン・カボレ大統領 /
人口 約1,865万人(2016年)
首都 ワガドゥグ
民族グループ モシ、グルマンチェ、ヤルセ、グルーシ、ボボ等
言語 フランス語(公用語)、モシ語、ディウラ語、グルマンチェ語
宗教 伝統的宗教57%、イスラム教31%、キリスト教12%
面積 274,200㎢ (本州と九州を合わせた程度)
ビザ 必要
電気・電圧 220V-50Hz:B/C/SE
パスポート 申請時6ヵ月以上、1ページ
通貨 セーファーフラン(XOF)
1XOF=0.20円 ※2017年10月現在
国旗

ブルキナファソ国旗

オートボルタとして独立したが、1983年に革命が起き国名を変更すると同時に国旗も一新。 赤は革命の闘争を、緑は希望と豊かさを、黄色の星は鉱物資源を表している。

気候 国全体が広大な高原状の地形で、北部と東部は乾燥気候、特にマリとの国境付近は砂漠気候となり雨は非常に少ない。 南西部はサバナ気候で、首都ワガドゥグの年平均気温は28℃、3~5月には日中45℃まで上がることもある。 6~9月の雨季には100~250mm程度の降雨がある。
交通事情
電話のかけ方 日本からブルキナファソへ : 国際電話認識番号+226+市外局番(0を取る)+電話番号
ブルキナファソから日本へ : 国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

ブルキナファソへのアクセス

空路の玄関口はワガドゥグ

1. アフリカルート

エチオピア航空 アディスアベバ経由が週3便運航(仁川で給油駐機2018/06/02より)
※2018/06/01までは香港で給油駐機

2. ヨーロッパルート

エールフランス パリ経由が週5便運航。

3. その他

モロッコ航空 カサブランカより週4便運航。
エチオピア航空 バンコク・アディスアベバ経由が週4便運航。

2018.4月現在

航空券のお問合わせ

ブルキナファソの見どころ

ワガドゥグ

ワガドゥグは11世紀から存在する都で、フランスの植民地化後にはオートボルタの首都になり、独立後はオートボルタ、そしてブルキナファソの首都として今日に至っています。街の規模も首都らしくなくこぢんまりとしています。ワガドゥグを最も有名にしているイベントは、奇数年の2月から3月にかけて開催されているFESPACO(ワガドゥグ・パンアフリカ映画テレビフェスティバル)です。ワガドゥグのロータリーもなかなか面白く、国連広場のロータリーには青と白(国連の色)で地球儀が作られていたり、その他のロータリーにはFESPACOのモニュメントがあったりします。ワガドゥグ中心部には、巨大で複雑に入り組んだグランマルシェ(市場)が有名でした。しかし、数年前の失火で燃えたままで、未だに再建はされていません。

ボボデュラッソ

ボボデュラッソはブルキナファソ第二の都市で、ボボ人とジュラ人が暮らしているためにつけられて都市名です。この街はコートジボワールのアビジャンとワガドゥグの間にあり、Sitarail(鉄道)と道路のいずれも通過する重要な都市です。市内には泥で造られたモスクなどがあり、ボボデュラッソから15kmロほど離れたバンフォラ近郊にはコモエの滝などがあります。

ブルキナファソの旅行・ツアー

ブルキナファソと同じ地域(西部アフリカ)の国