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ナミビア(ナミビア共和国)

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現地に暮らす人々の言葉で「人のいない土地、何もない土地」という意味を持つ「ナミブ」。

世界最古とも言われるナミブ砂漠を持つ国がナミビアです。

このナミビア共和国は独立国としての歴史が浅く、他のアフリカ諸国と同様 ヨーロッパ諸国の影響が色濃く残る国と言って良いでしょう。

ナミビアをよく知るためには簡単にその歴史を振り返ってみましょう。

  • 1486年 ポルトガルのディアス船長がヨーロッパ人としては初めてナミビアを訪れる
  • 1878年 英国がウォルヴィス・ベイを属領とする
  • 1884年 ドイツがルーデリッツとその周辺を保護領とする
  • 1920年 南西アフリカとして南アフリカに委任統治される
  • 1966年 国連により委任統治の解除が採択される
  • 1990年 3月、ナミビア共和国として正式に独立(ウォルビス・ベイのみ属領として残される)
  • 1994年 ウォルビス・ベイが南アフリカより返還される

このような歴史を反映し、公用語の英語のほかにアフリカーンス、ドイツ語も広く使われ、町中の看板もこの3種類の言語で記されていることも少なくありません。

また、ナミビアは自然状況の厳しさゆえ、アフリカ大陸の中でも最も人口密度が低い国と言われます。 場所にもよりますが、ドライブをしていてもすれ違う車は日に一台か二台。たまに見かけると嬉しくなって、知らない人にでも思わず手を振ってしまいます。

見どころは砂漠、野生動物、海、渓谷などで、それらすべてがドラマチックに展開されます。

特にキャンピングなどアウトドアを好む人々にとっては堪らない魅力がある国と言って良いでしょう。 食事は、ドイツの影響が強いようで、ドイツ風のパン、ソーセージ、ジャガイモ料理など、割とうす味で日本人の口にもあいやすく、また海岸沿いの町では魚やエビ・カキなどのシーフードも楽しめます。(醤油をご持参ください。)

これもドイツの影響か、人口の割にブルーワリーが多く、美味しいビールを飲むことができます。 砂漠で飲むビールは格別で、乾いた身体のすみずみに行き渡る思いがします。

年間晴天日が300日を超え、空気も澄み切っていますので、物凄い迫力の星空を眺められることが多いです。 砂漠の真ん中で星空を見上げながらビールを飲む・・これが正しいナミビアの楽しみ方だと私は思います。

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関連ツアー

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基本情報

正式名称 ナミビア共和国
Republic of Namibia
大統領 ヒフィケプニェ・ポハンバ
H.E.Mr. Hifikepunye POHAMBA
人口 約210万人(2007年) 首都 ウィントフック
人種 オバンボ(50%)、カバンゴ(9%)、ダマラ(8%)、ヘレロ(8%)、白人(6%)他 言語 英語(公用語)、アフリカーンス、ドイツ語、その他民族語
宗教 キリスト教、伝統宗教 面積 820,000km2 (日本378,000km2の約2.2倍)
ビザ 不要(3ヵ月以内) 電気・電圧 250V/220V-50Hz:B3
パスポート 入国時6ヶ月以上 通貨 ナミビア・ドル(NAD)
1NAD = 12.4円 ※2010年4月現在
国旗

ナミビア国旗

青は青空を、赤は独立のために流された血を、緑は豊かな森林を、太陽は独立の喜びと豊かな鉱物資源を表しています。
気候 乾燥気候。一日の中でも気温差が激しい。 昼は半袖で快適に過ごせるが、夜になるとセーターやフリースを着込まなければならないこともある(特に7~8月は夜の冷え込みが激しい)。 大西洋岸は特に乾燥していて、内陸へ進むにつれ、若干ではあるが降水量が増るアンゴラ国境付近ではステップがみられる。 年間降雨量は120mm以下。
交通事情 公共交通機関はウィンドフックとスワコプムント間を走る列車のみ(週2本)。 近距離移動用にブラックタクシーと呼ばれる、乗合バスがあるが、利便性、安全性に問題がある。 長距離の移動には、一部高速バスが通っています。 その他にはレンタカーがあります。しかし、これれはあくまでも自己責任の下においての移動手段です。
電話のかけ方 日本からナミビアへ
国際電話認識番号+264+市外局番(0を取る)+電話番号
ナミビアから日本へ
国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

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アクセス

空路のメインの玄関口はウィントフック

1. 南廻りルート

南アフリカ航空、キャセイ航空、シンガポール航空等でヨハネスブルクに入り、そこから南アフリカ航空等が毎日運航。

2. ヨーロッパルート

フランクフルトより週6便、ミュンヘンより週1便運航

3. その他

ケープタウン、アンゴラ・ルアンダより毎日運航、ザンビア・ルサカより週4本運航。
ナミビア第2の都市、スワコプムンドへアクセスするために利用するウォルビスベイへは、ヨハネスブルク、ケープタウンより毎日フライトがあります。

2010.4月現在

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見所・行き所

ウィントフック

ウィントフック

ナミビアの首都。 標高1650mに位置し、名前の由来は"windy corner"(風の吹く場所)と言われたりもしますが、実際のところは19世紀の半ばに、今の町に司令部をおいたホッテントット隊長のジャン・ジョーカ-・アフリカーナーが、幼少時を過ごした南アフリカのケープ地方の町"Winterhoek"にちなんでつけたといわれます。 ウィントフックの町は、オワンボ・ダマラ・ヘレロ・ナマ・サンなどのアフリカ固有の人々の文化とドイツ、オランダ、英国の文化が融合されています。 建物はドイツ植民地時代のおもかげを残すものが多く、昔の政府の建物で"Tintenpalast"(place of ink:インクを使う場所)や"Alte Feste"(以前は砦として使われていて現在は博物館になっている)やドイツルーテル教会などが代表的。 町の中心はカラハリ・サンズ・ホテルやクロック・タワーなどがあるIndependence avenue(独立通り) でショッピングセンターやスーパーマーケットなども殆どこの通り沿いにあります。

スワコプムント

スワコプムント

面ドイツの田舎を思わせる小さな町。実際ドイツ語を話す人が多いようです。 ナミビアの中でも最も人気のあるホリデー・リゾートで特に夏場は地元ナミビアの人が内陸の暑さを避けて訪れることが多い町です。 気候は年間を通じてあまり変化なく真冬(7月頃)の平均の最低気温が9℃、真夏(12月頃)の平均最高気温が23℃。 早朝と夕方は肌寒く霧が出ることが多いです。 年間降水量は15mmほどで、殆どは霧の水分によるものです。 町には1900年代初頭のドイツ統治時代の建物が多く残っていて、代表的なものはスワコプムント鉄道駅(1901年)や駒形屋根の Hohenzollernhaus(1906年)など。灯台の隣の議会場は1902年に建てられ、現在はナミビア大統領の12月から1月の間の休暇中の住まいとなっています。 ストランド通りのスワコプムント博物館は、ナミビアの中でも最も興味深いもののひとつす。 ビーチは泳げますが、水は冷たいので、その分美味しいシーフードを期待できます。

ウェルウィッチャ・ネイチャー・ドライブ

ウェルウィッチャ・ネイチャー・ドライブ

スワコプムントから約20km内陸に入った所を起点に約140km続くドライブコース。ナミブ砂漠の自然を学ぶのに絶好のコース。 砂漠独特の植物、月面大地と言われる風景、海からもたらされる霧の水分のみで2000年も生き続けるといわれるウェルウィッチャ・ミラビリス(和名:奇相天外)など、ガイドの説明を聞きながらひとつずつ観察していくと、一見何もないように見える砂漠の中にいかに多くの生き物が存在するかが実感できます。

エトーシャ国立公園

エトーシャ国立公園

東西に300km、南北に110km、総面積22,270k㎡の広さのあるアフリカ屈指の公園。 夏に雨が降った後は、動物だけでなくたくさんの鳥も観察できます。 公園の西半分は観光客が訪れることが少ない地域で、動物も車や人に慣れていないので気をつけなければなりません。東半分の中央はエトーシャ・パン(白い粘土が干上がった湖)が5000k㎡を占める。 殆どの時期は水が無いが、雨が降って北側や東側の川の水があふれて流れこむと、塩分の多い湖となり藻が繁殖しフラミンゴが飛来します。 公園内には114種類の動物が生息していますが、実際に旅行者が滞在中に見ることができるのはせいぜい20種類位です。 ロッジによっては、ロッジの敷地内にウォーター・ホールがあって夜も灯りで照らし出しているので、夜行性の動物を見たり、夜間の動物の動きを観察することができます。 鳥類は392種が記録されています。園内では、珍しいモリンガ・トゥリーを見ることができます。

セスリエム&ソーサスフライ(ナミブ砂漠)

セスリエム&ソーサスフライ(ナミブ砂漠)

セスリエムはスワコプムントから350km、ウィントフックからは330kmの砂丘群の入り口。 ソーサスフライへ向かうためのゲートのすぐ横にアカシアの木の下にテントを張れるようになっているキャンプ場があります。 "セスリエム"とはアフリカーンスで"6本の革ひも"を意味します。 これは初期の開拓者が井戸から水を汲むのに6本の牛革ひもを結び合わせ、その先にバケツをぶら下げたことに由来します。(それだけ深いということ)。 セスリエムから西にソーサスフライに向かって、壮大な砂丘群の間をよく整備された道が約65kmも続きます。 ソーサスフライまであと5kmという地点からは4WDでなければ入れない道になります。"VLEI"(フライ)とは干上がった水場という意味で、周りが茜色の砂丘なのにこの底は灰白色をした粘土質の土地です。 通常何年も干上がった状態が続きますが、雨が降った年にはこのフライに満々と水を湛えることもあります。 (2001年4月に雨が降り、このフライにも水がたまり、緑が見られました。) この"ソーサスフライ"にある砂丘は325mの高さがあり、高低差は世界一と言われています。 (但し、風によりたえず動いているので、多少の変化はあり) 時間によって砂丘はその色を変化させ、一般に朝日が昇った直後に見る砂丘が最も美しい色に染まるといわれます。他の場所では見ることができない砂漠固有の特徴をそなえたトカゲ、クモ、モグラ、ヘビなどの小動物や、ゲムズボック、スプリングボックなどのレイヨウなどが生息しています。

カオコランド

カオコランド

ナミビアの北西部、アンゴラの国境にかけての地図には道路が明記されていません。 カオコランドとはヘレロの言葉で"遠い地"を意味します。 実際に走っても、奥に行けば行くほどわだちさえ定かでなくなります。尖った石の平原のあとには、丸い玉石が一面に。 涸れ川は、岩と深い砂。4WDさえもが、ローレンジでゆるゆると走る状態が続きます。こんな所にも動物は生きています。 有名(?)なのは砂漠象。東アフリカのものより個体は小さく、皮膚も砂の色のように白い。 人慣れしていないため、逃げ足も速い。(近年だいぶ数も増え、慣れてきたようですが) ヒンバ またここには遊牧民"ヒンバ"が昔ながらのスタイルを守って暮らしています。といっても1980年代後半位から、外部からの影響が彼らの生活にも及んできています。 しかし、女性は昔ながらの格好(裸の肌に泥を塗り、腰の周りには皮の腰布を巻き、髪は幾本にも紐のように編んでいる。)をしている人が多く、運が良ければ出会えることもあります。

ルーデリッツ

ルーデリッツ

大西洋沿岸の風の強い町。町には植民地時代の建物が多く残り、ドイツの町の雰囲気が漂います。 古い駅舎やルーデリッツ博物館などが興味深い。 ポルトガル人航海士バーソロミュー・デュアスが1488年喜望峰に達した後、ここに立ち寄り建てた石灰石の十字架"ディアス・ポイント"、灯台、木製の橋、アゲート・ビーチ、シャーク・アイランド等の湾巡りも楽しい。 また許可が必要ですが、このあたりで"砂漠のばら"を掘り出すことができます。 近郊のコールマンスコップは、昔金やダイヤモンドの採掘が盛んだった頃の建物や街の様子がそのまま残されていて、ゴーストタウンツアーとして訪れることができます。 1908年にダイヤモンドが発見され、多いときには300人のドイツ人と、800人の北からの労働者がここに住んでいました。 しかしオランジェムントでもっと良い場所がみつかると人々はそちらの方へ移ってしまい、1956年には最後の家族がこの町をあとにしました。 その後廃墟となったこの町には、しだいに砂が押し寄せ一種独特の雰囲気をかもし出すようになっています。

フィッシュリバーキャニオン

フィッシュリバーキャニオン

南アフリカとの国境近く、アメリカのグランド・キャニオンについで世界第ニの規模を誇る大渓谷。 最大幅は27km、深さ550m、距離160kmにおよぶ。地殻変動とフィッシュ・リバーの浸食により形作られました。 ビューポイントはいくつかありますが、早朝と夕方が光の加減で万華鏡的な美しさを見せてくれます。

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