アフリカ絵日記その23(最終回) 砂の世界から緑と原色の国へ

モロッコからモーリタニアへ。あたりの風景はすっかり砂の世界。国境を越えて変わるものと、変わらないものがある。ポリスの態度が偉そうになった。町のどこにでもあったフランス風のカフェがなくなった。そんな中、パンは劇的に美味しくなった。モーリタニアの首都、ヌアクショットに到着。町の中でも、アスファルトの舗装路を一歩はみ出ると、そこはもう砂だった。貝殻をたくさん含んだ砂。非常に歩きにくい。砂浜にできた海の家が連なっているみたいな感じ。絶えず風が吹いているので、町はいつもかすんでいるようにみえる。

そして砂の世界から緑豊かなセネガルへ。人々の肌はより一層黒くなり、衣装は白や水色の淡い色から赤や黄色や紫の原色カラーへ。ヤシの木が出現し、セミの声が聞こえ、蚊が出現した。ご飯のメニューが豊富になった。そしてカラフルに装飾されたローカルバスが走っている。なんだかわくわくした。ダカールで34歳の誕生日を迎えた。3月に日本を出てすでに3カ月が過ぎていたが、旅はこの後、12月のケープタウンまで続くのだ。

アフリカを自転車で走ると決めたとき、どこを走ればよいかわからなかった。いろんな人が旅した紀行文を読んでルートを考え、一番しっくりきたのは故・戸井十月氏の「52歳、駆け抜けたアフリカ越境記」。このルートが比較的簡単そうだと判断し、彼がオートバイで走った後を自転車でトレースした。それがこのアフリカ絵日記のルートになっている。

実は戸井十月氏の旅をコーディネートしていたのは道祖神だったと入社後に知った。不思議な縁を感じた。何かに導かれて、この自転車の旅に出たのではないか、と。

アフリカ絵日記その22 スペインからモロッコに上陸

自転車アフリカ縦断の記念すべき第一歩は、スペインのアルヘシラスからセウタに渡ったモロッコから始まった。今まで持っていたモロッコのイメージと180度違う世界がそこにはあった。とにかく美しい。道を歩く人が優しく声をかけてくれる。絵本のような世界が広がる。以前、ほんの一瞬訪れたタンジェ1日観光とは全然違う印象だった。

モロッコの土地の色は「茶色」と思っていたけど、北部モロッコは緑の草原がどこまでも続いていた。そんな草原の道を、薄いピンク色のムスリム服を着た女の子が歩いていて、ゆっくり自転車で走る僕に手を振りながら「ジャッキーさん」と呼んでくれる。日本人を見ると東洋人という意味で「ジャッキーチェン」と呼ばれるのだが、フランス語発音すると「ジャッキーさん」になるらしい。なんか、ほっこりする。風にヒラヒラと揺れる衣装が天使みたいに見えた。ズドンっとした割烹着風ではなく、微妙に腰のクビレがある、それなりに洗練されたムスリム女子の服がステキだった。

モロッコ北部には、シャウエンやフェズ、マラケシュなど、お馴染みの観光地も数多くある。そんな都市に入るたびに「外国人観光客」が急に出現し、テーマパークのような雰囲気を感じるようになった。田舎のほっこり感と観光地のギトギト感が交互に次々と現れる。

やがて大地の色は草原の緑から茶色、ピンク色へと変わり、気が付けば砂の世界に包まれる。「自分はアフリカに来たのだ」という緊張感がようやく芽生えてきた。

アフリカ絵日記その21 涙でにじんだテーブルマウンテン

最後の国境を越える。ケープタウンまで679kmの標識。国境のオレンジ川を渡りる。南へ行くほど緑が増えてくる。気が付けば風景はまるでヨーロッパだった。整備されたブドウ畑がどこまでも続く。道中の町で出会う人々のリアクションが激しくない。というか、ノーリアクション。東洋人が自転車で旅行していても、この国では珍しくない風景なのか、無関心なのか。ゴールが近づいているというのに、なんか寂しい。そんな中、ひそかに感動したのは路側帯に落ちていたゴミ。マクドナルドの包み紙だ。最後にマクドを見たのはモロッコ。その後、9カ月間全く見なかったマクドナルドがここにはある!モロッコからここまでの大陸縦断の旅がフラッシュバックした。

そして、ケープタウンへ到着予定の日。僕は後ろから来た車に引っ掛けられて転倒する。幸い、大きな怪我はなかった。しかし、自転車の車体は曲がり、走行不能となってしまった。車はすぐに止まって紳士的に「大丈夫か?」と聞いてくれ、きちんと警察に行き、ホテルまで乗せていってくれた。でも。でも。

車に乗ってほんの10分もたたないうちに、遠くにテーブルマウンテンが見えてきた。あれこそはゴールのケープタウン。じわーっと涙が出てきた。あと少しだったのに。悔しかった。でも。生きていたことは奇跡だったかもしれない。大きな怪我がなかったことだけでも感謝しよう。こんな形で僕はケープタウンに到着した。

アフリカ絵日記その20 回転する星座

ボツワナからナミビアにかけては、ほとんど毎日がブッシュ・キャンプになった。夕方、東の空から冬の星座、オリオン座が上がってくる。暑いから意識していなかったけど、日本ではもう冬になっているんだな。ただ、オリオンが「逆立ち状態」でのぼってくることに驚いた。日本では牡牛座を追いかけるように、仰向け状態で東の空から出てきたはずだ。南アフリカに進むにしたがって、オリオンの角度が日々、少しずつ変わっていく気がする。大陸を、地球を縦に旅しているのだ、と星座を見て思う。

ナミビアではハイウェイを走らず、あえてナミブ砂漠に向かうダートロードを選んだ。果てしなく続く地平線の中、ときどき小さな町が現れる。ガソリンスタンドを見つけるとほっとする。そこは食品雑貨屋でもあり、カフェ・バーでもあり、地元の人々にとっていこいの場でもある。人々はいつも、何気なくガソリンスタンドに集まってくる。ただ、ガソリンスタンドで炭火をおこしてステーキ屋台を営業していたのはキケンな気がするのだが…。

日々の食事は缶詰がメインになった。こんな場所で生野菜を見つけるのは難しい。パスタ用のトマトソース缶をそのままゴクゴクと飲み、野菜ジュースの代わりにした。麺が入ったパスタやカレーライスのような、炭水化物の缶詰も売られており、食べ物に困ることはなかった。そして、ケープタウンまであと少し。長い旅のゴールが見えてきた。

アフリカ絵日記その19 自転車屋求めて三千里

車輪のベアリングが砕けた自転車。ボツワナの道をトボトボと押していると後ろからバスがやってきた。行先表示には「マウン」と書いてある。「助かった!」屋根に自転車を載せてもらい、マウンへ移動。「町なら自転車屋くらいあるだろう」と思ったが、あまかった。どうやらお隣の国、ナミビアの首都ウィントフックまで行かないと、まともな自転車屋はないらしい。なんてこったい!さて、どうしよう?ナミビアまでバスで行ってしまうか?いや、それではバスの距離が長すぎる。やはり砂漠や荒野は自分自身で越えたい。今、思えばアホなプライドだった。結局、マウンのキャンプ場にキャンプ道具などを預かってもらい、壊れた後輪だけ持ってバスやシェア・タクシーを乗り継いでナミビアへ向かう。800km以上の距離、自転車なら1週間の距離をわずか1日で移動。あっと言う間のことだった。車ってすごいな、と思った。

翌朝、自転車屋へ。日本のプロショップのような立派な店。もうここでは、ベアリングを組み直すなんて原始的な方法はしない。ホイールを丸ごと新品に交換、修理完了。バスに乗って再び800kmの道を走り、マウンに戻る。自転車修理のためだけに、国境をまたいだ往復1600kmのバスの旅。そして翌日、昨日バスで往復した同じカラハリ・ハイウェイを再び西へ向かい、ナミビアを目指して旅は再スタートする。バカみたいな旅はまだまだ続く。