モロッコ 砂漠と海の旅11日間 前編

2017年12月15日発の手配旅行でモロッコに行かれた、津島様からのレポートです。

今回、同じような11日間のもっと安いパックツアーがあるのに、何故わざわざ個人旅行の形を取ったかと言えば、唯々「砂漠を見たい」それだけを満たすツアーがなかったから。
鳥取砂丘ではなく、本物の砂漠。生命を拒否した灰色のモノトーンの世界を見てみたかった。(この認識が間違っている事は、後々知れることとなります)
多くのパックツアーでも砂漠は旅程に含まれていることが多いのですが、夕日を見るだけとか、朝日を見るだけのものとか、砂漠に浸るという自分の希望には合わないなぁと。
現在は、初心者向きでサハラ砂漠に入れるルートはモロッコだけの状況のようです。ですから今回モロッコを旅することにしました。
前置きが長くなりましたが、普通の方と少し違うアプローチからモロッコを目指し、そして気ままな一人旅を楽しみたいというのが、今回の旅の目的となります。
前半は砂漠を堪能し、後半は海沿いを楽しむ、そんなコースになっています。
私のような年代の人間には、若い時分は欧州を往復するだけでエコノミーでも50万円を超えていました。それからすれば、今回の旅行は「それほど」高いとは思っていません。

12月15日(金)第1日目

成田からドバイを経由して、モロッコのカサブランカまで飛びます。
飛行機好きでもあり、新しい機体に乗ってみたかったので、2階建旅客機A380を運行しているエミレーツ航空をチョイス。中東風のエキゾチックな制服のCAさんにも興味がありましたし。ただ、カタール航空のB787も捨てがたく最後まで悩みました。
A380はエコノミーでも座席ピッチが広くて185㎝の私でも窮屈な感じはありません。それと窓側の席は、壁までの距離もあり余裕があります。さすが大型機です。そのお陰で壁からの冷気も幾分少なく感じました。食事はまあこんなものでしょう、エコノミーですし。意外に魚系のメニューはおいしかった。チキンは大概固くて食べ辛かった。それと、飲み物は最初にノンアルコールと酒を両方もらっておくことをお勧めします。なんせ大型機で乗客も多いので、次にCAさんが来るときには食べ終わっていますので。成田発の便では、緑茶のサービスもあったり、保安設備の案内が日本語でされたりします。

12月16日(土)第2日目

経由地のドバイ空港はとにかく広いです。驚いたのは、朝の5時なのに免税店が営業していたこと。それに朝のアザーンが空港に響き渡っていたこと。さすがにイスラム教国です。トランジットは2時間ほど。
ドバイを飛び立って直ぐに朝食が出て、3時間ほど飛んだところで紅海に出ました。ペルシャンブルーの海にデザートピンクの大地の対比がとても美しく、これから向かう先もこんな風なのかと思いを馳せました。

12月のモロッコは雨季にあたるせいか、モロッコに入るとほぼ一面雲に覆われ、地上の様子は伺い知れません。昼にカサブランカのムハンマド5世空港に到着しました。規模で言えば、大阪の伊丹空港ほどです。
結局、到着も少し遅れイミグレと荷物の受け取りに手間取り、2時間弱かかってやっとターミナルビルの外に出ました。セキュリティーと建物の大きさの為か、出迎えの人はビルの外で待たされます。ドライバーのカリームとはすんなり合流でき、彼に「だいぶ時間掛かったな」と言われました。よく見ると地面が濡れています。午前中に少し降ってようです。空は雲がびっしり。この先が思いやられます。これから11日間、同じドライバーでずっとモロッコを周ります。車は黒のベンツワンボックスです。ミニバンクラスでしょうか。これを独り占めの大名旅行のスタートです。

空港から高速を使って一気にマラケシュまで、2時間半のドライブです。高速道路の両側は見渡す限り農地です。それも肥沃な土地、黒土です。礫が多い感じですが、冬だと言うのに全部が耕されています。モロッコの農家はみんな働き者のようです。この景色だけで、自分のモロッコ感がガラッと変わりました。
高速を降りて、マラケシュへ向かう一般道では高い建物はなく、新しいコンクリートの建物も赤い色をしています。旧市街を囲む壁が見えてくると、待ち合わせのフナ広場はすぐです。壁に不規則に穴が開いていますが、これは棒を指す為のようです。銃眼もあるのでしょうが、ほとんどは足場用の小さな穴でした。(今は足場用の穴は使わないそうです)
午後4時半にフナ広場の入り口に到着しました。段々と人が増えてくる時間のようで、迎えのホテルの人が見つかりません。ドライバーのカリームが電話しています。程なく、ホテルの小柄なオッさんが現れ、私の鞄を背負うとさっさと歩き始めます。旧市街は道が狭く、ホテルの側まで車で行けません。その為、こうしてホテルの人が迎えに来て荷物を運んでくれます。明日の朝、またここでカリームと落ち合う約束をして、私もホテルのオッさんの後を追います。
フナ広場は宵の口で人出はそこそこですが、それでもかなり混雑していて、人並みをかき分け、バイクをやり過ごし、リヤカーのオヤジに怒鳴られながらホテルへ向かいました。本物のコブラ使いも何人かいました。人通りの多い通りを曲がり裏路地を100mも行くと今晩泊まるリヤドが見えてきます。私の泊まった、RIAD DAR ASSADはホテルというより食事も摂れるゲストハウスのようなスタイルでした。食事が終わるとリヤドのスタッフはみんな帰ってしまいます。賑やかな通りからそれほど遠くはないのに、このリヤドの中はとても静かです。昔のお金持ちの邸宅を改装して使っているので、大きく頑丈な門扉を通って中庭にまず出ます。その周りに部屋があり、食事はこの中庭で摂れます。でもリヤドの玄関には、小さなプレートがあるきりで気をつけないと見つけられなくなりそうです。旧邸宅の雰囲気を壊さず、中庭をガラスの天井で覆い、水回りをホテル並みに改装されていますので実に快適です。リネン類もシティホテル並みに用意されています。(今回宿泊した宿は何処も最低バスタオルが用意されていました)
それと閉鎖された環境の中庭のはずが、何処からかスズメが入ってきて、私を歓迎してくれました。人に慣れていて、結構近寄ってきます。長旅の疲れを癒すには、うってつけの所です。

12月17日(日)第3日目

朝8時半にフナ広場の真ん中でカリームの車に乗り込みました。朝は人も少なく車も乗入れられるようです。ここで日本語を話す観光ガイドと合流し、半日のマラケシュ観光をします。
最初はフナ広場から西に3㎞ほどの12世紀に作られたオリーブ園です。メナラ公園と言われているようですが、だだっ広いオリーブ畑です。ただ、中央に広い通路があり、両側に整然とオリーブが植えられています。奥には灌漑用の池がありますが、まるでプールのようです。時の王様がアトラス山脈から水を引き、オリーブ畑を開墾しました。王様の治世が伺われます。大きな通りから真っ直ぐ遠くを見るとクトゥービア・モスクの塔が見えます。同じ王様が建てたそうで、同じ塔が別にあと2カ所にあるそうです。1つはスペインにあり、その当時は領地がスペインにまで及んでいたそうです。モスクの塔はてっぺんが丸い印象がありますが、モロッコの塔は四角で先端は三角の尖った屋根になっています。マラケシュでは、クトゥービア・モスクの塔より高い建物を建ててはいけないそうです。また新築の建物でも外装は赤土色に塗らなければなりません。古都の風情を壊さない心があります。
そのあと、サード朝の墳墓群に行きました。狭い通路をくねくねと進むと、急に開けた中庭に出ます。ここも外側は全面壁で、何処からが入り口だったのかも分からない様な所です。中庭に面して女性達が埋葬されている部屋、王様や男達が埋葬された部屋と子供達が埋葬された部屋があります。子供達の部屋は元々は礼拝の部屋だったそうです。中庭は家臣達のお墓になっていて、墓石がモザイクタイルになっています。墓碑銘はありません。みんなメッカの方向に顔を向けて埋葬されているそうです。
日本語のできるガイドはマラケシュに何人かいるようです。私を受け持った人もユーモアたっぷり、時には学校の先生のように質問してきたりと楽しませてくれます。
昼はフナ広場の入り口にあるスペイン料理で摂りました。私の場合、結構移動もあり、ましてや一人旅でもあるので、食事はツアーの中に結構付けてもらってありました。ここは数少ない酒の飲める店で、日本人の団体もいました。食後、車に乗ってマラケシュを出発しましたが、ドライバーのカリームが「リゾット食べた?」と聞いてきてので、いやピザだったと答えたら変な顔してました。リゾットがおススメだったようです。確かにスペインでピザか?とは思ったのですが。

これからアトラス山脈を越えて、アイントベンハッドウまで190km程の長距離ドライブです。アトラスは低いところは高い木もあり、道幅もある良く見る峠道のようですが、峠に近づくにつれ森林限界を超え木もなく灌木もわずか、まったく違った姿を見せます。結構高い所にも町があり人が生活していますが、所々道が非常に悪くなりアドベンチャーな雰囲気がしてきます。車が行き違うのにも苦労しそうな所が結構あります。こんな道でも大型トラックや観光バスがバンバン走ります。道を広げる工事をそこかしこでしていますが、完成は当分先でしょう。今は道も難があり、車に弱い方には峠越えをお勧めできませんが、いずれ全線開通した時には是非皆様に越えて頂きたいと思います。見た事のない風景が広がります。地層が露出したところもあり、あーあの褶曲した地層は昔海だったところが隆起したのだな、と昔高校の地学で習ったような景色に出くわします。まさか、今になってその時に教わった事が役に立つとは思いもしませんでした。とにかく想像を超える風景が続きます。カリームはいつでも車を止めて私の撮影に付き合ってくれます。これも個人旅行のいいところでしょう。(本当なら、とっとと走って目的地に着いた方が楽なはずなのに)

アルガンオイルを買いたいと前待って話していたので、アトラスの途中のそれらしい場所にも止まってくれます。ぽつんとそれしかない店でしたが、なんとここは店の女性が日本語で案内をしてくれます。何本かお土産に購入しましたが、ちゃんといい店を紹介してくれたようです。私がウロウロしている間に別の日本人団体もアルガンオイルの店に到着し、賑やかなお買い物タイムになりました。そんな感じで寄り道もだいぶしましたが、予定通りアイト・ベン・ハッドゥの宿に夕方到着。アトラスを境に西と東で風景が一変します。西は肥沃な農地の大地、東は砂漠へとつながる荒涼とした大地。特に東の風景は今までの想像を軽く超えて、長く車から眺めていると頭がパンクしそうになります。
少し疲れたので、今日はアイト・ベン・ハッドゥの観光はせずホテルでくつろぎました。
田舎のホテルでしたが、部屋にエアコンもありバスタオルを備えてあります。ちょっとお湯は緩いですが、汗もかいていないので足だけ洗い気持ちよく眠る事が出来ました。このホテルにはプールもあり夏場は泳げるようです。冬場の今でもプールの水は綺麗で、とても贅沢なとこだなと思いました。

12月18日(月)第4日目

朝、ドライバーのカリームに連れられて、アイト・ベン・ハッドゥの頂上まで登りました。まだ早い時間なので、店も開いてはおらず他に観光客もいません。清麗な空気に包まれ、登りに少し息を切らして着いた先には、見渡す限り荒涼としたモロッコの大地が広がります。遥か1000km先まで見渡せそうです。頂上にある見張り小屋のような建物の前で「ここなら1000km先の敵まで見えるな」と言ったらカリームは笑っていました。川のほとりで見通しのいいこの場所に城砦都市が築かれたのだなと分かります。ここの景色も他に比べるとものがないと思いました。
今日も長距離ドライブになりますので、観光はほどほどに出発します。

映画の街、ワルザザードを通りカスバ街道をモロッコの東の端まで330kmほど走ります。ワルザザードは近代的で綺麗な街です。流石、映画関係者が多く訪れるだけあって、ちょっとモロッコっぽくありません。街の手前に映画スタジオがあり見学ができるところもあります。その後、バラの谷の近くの街でローズウォーターを何本か購入。色々迷惑をかけている会社の同僚へのお土産です。最初あまり香りを感じませんでしたが、実際には良い香りが長く続きます。(蓋の緩いものから旅行鞄の中に漏れていて、何日間かバラの香りに包まれていました)その先をカスバ街道から少し外れトドラ渓谷に入り昼食となりました。トドラ渓谷への道もカスバ街道沿いも川が流れています。全体に乾燥した荒地なのに川沿いは緑も濃く畑もあります。でも道沿いに川があるのではなく、川があって緑があって道になったのでしょう。ともすると道が最初にあったと勘違いしてしまいますが、道はそこになんらかの理由があって出来るものです。だから時として真っ直ぐでない事が多い。そして真っ直ぐでない道に何の疑問も持たず歩いています。トドラ渓谷はインディー・ジョーンズの映画にでも出てきそうな場所です。大変深い谷なのですが、両側は絶壁です。そして、その壁を登りに世界中からクライマーが訪れるそうです。そういえば、途中の店の軒先にクライマーの人形がぶら下がっていましたが、多分あそこはクライマー向けの店だったのでしょう。しかし、宙吊りになっているようにしか見えず、ちょっとシュールな感じでした。
谷底部分には川と道が通っていて、川と道の高低差は50cmほどでしょうか。川はそれほど深くはありませんが流れも早く水量もあります。アトラスの雪解け水か、とても綺麗な水です。
昼食は渓谷から少し降ったところのレストランでした。内装もモロッコ風でよかったのですが、天気がいいので少し寒いのを我慢して屋上のテラスで食べることにしました。斜面に建てられたレストランからは目の前に険しい山を間近に見る大パノラマが広がっています。青い空と相待って、非常に清々しい気持ちになります。薄暗い室内より、天気が良ければ断然屋外で食べるべきです。今日は日差しも十分で思ったほど寒くはありません。雨季と聞いていましたが、日本のようにずっと降り続くという事ではないようで、この後も雨が降る事もありませんでした。

まだまだ道半ば、頑張ってドライブを続けます。
3分の2ほど走ったところでカスバ街道を外れて、エルフードへ向かう道に入ります。この辺りで、これも前からお願いしていたターバンの店に寄りました。ここでは中国からの団体さんと遭遇。ベルベル人のターバンが欲しいとアピールし、3mを超える長くて青いガーゼの布を買いました。(ほんと、ただの布です)でも絞りの柄も入っていてオシャレです。店の子が巻いてくれて、記念撮影。私はターバンは悪人顔に似合うと思っていましたので、友人の2人にもターバンを買って帰ります。やっと自分のものが買えて安心したせいか、ここで大失敗をしでかしました。
買い物を終え、意気揚々と車に乗り込みエルフードへ出発。カリームも自分用の白いターバンを買い頭に巻いてご機嫌です。30分ほど走ったところで、自分の青いハードシェルのマウンテンパーカーがない事に気付きました。あの店に忘れたのです。「カリーム、コートをあの店に忘れた…」彼も驚いて「それはいけない!」と安全に注意しながらも最大限に急いで戻ってくれました。今回の旅行は移動距離も長く、時間的にもそれほど余裕がある訳でもないので、このロスは実に痛いのですが、こんな時でもカリームは嫌な顔もせず真摯に対応してくれます。只々頭の下がる思いです(その後、何度かこのネタでからかわれましたが)。青いパーカーは無事手元に戻りました。ベルベルの青のおかげか、店でおまけに貰ったファティマの手のお守りのご利益か。

カリームの努力で最小限の遅れでエルフードに到着。ここで4WDに乗り換えて砂漠へと向かいます。一旦カリームともお別れ、地元のドライバーが担当してくれます。しかし、ずっと砂の上を走るのかと思いきや、ホテルまでほとんど舗装路でした。これなら、カリームの車でも来られたな。まあ、9日間ずっと運転という訳にもいかないでしょうから、ここら辺でカリームもお休みです。
それでも4WDのドライバーは気をきかせて、ホテルの手前から砂漠へ突っ込んでオフロードを体験させてくれました。そんな悪路には見えませんが大きく揺れます。「サハラマッサージ」とドライバーは笑って言います。もっと奥に行けばこんなものでは済まされないだろうなと思いました。
ホテルは砂漠の中にある感じで、オーベルジュ・スッドというところでした。外も内もモロッコ風ですが、部屋は洒落た装飾がなされています。外階段で上階のテラスに行けます。このテラスは外側にあり、私の部屋からは夕日もよく見えます。ここも中庭に面して部屋がぐるっと囲むようにあり、外面には小さな窓しかありません。中庭には樹木もありオアシスのようです。
荷物を部屋に置いて一旦ホテルのエントランスから砂漠の方へ向かって、砂漠を眺めていると青いターバンを巻いたラクダ引きのオヤジが近づいてきて、「俺が明日、オマエをあの一番高い砂丘の向こう側へ連れて行く」と挨拶してきました。名前も確認せず、よくまあ分かるものだな、半信半疑の思いのまま曖昧に相槌をうっていました。
晩ご飯はもちろんホテルで摂りました。周りは他に店もありませんので。珍しくタジン鍋が出てきませんでしたが、皿に並んだものはまさしくタジンそのもの。単に取り分けたものが並んだだけのようです。ここのホール係はかなりのイケメンで白いターバンを巻き、民族衣装を着ているのでまるでアラジンのようです。女性にはさぞ好評な事でしょう。アラジン君に水を頼みます。たいがい大きなペットボトルで来るので、飲み残しは明日の砂漠用に部屋へ持ち帰ります。
こんな砂漠の中のホテルでも、ラウンジとレストランではWiFiが使えるとの事。ただし、この日は通信トラブルで不通でした。持参したWiFiルータは接続できましたので、ホテル側の機器の問題でしょう。

後編はこちら → モロッコ 砂漠と海の旅11日間 後編