第一部 チンパンジーの社会と進化
もともと私がサルの研究を始めたのは、人間のことを知るためで、サルの色々なことを見ているうちに
人間のことがわかるのではないか、そういう気持ちになって、初めにニホンザルの研究をし、それから
アフリカへ行ってチンパンジーやゴリラの研究をするようになりました。そうしたことで日本の社会の
ことをまた違った目で見られるようになりました。
中略
最初は人間の話から始めます。これは人間の住んでいる所の地図です。ぱっとみてわかるように、
全世界に住んでいるのですね。これは動物としては物凄く特殊なことです。おそらく人間というのは地球上の
生物ということでは捉えきれなくなってしまった。例えば非常に適応能力の高いと言われるゴキブリであっても
本州にいるゴキブリと九州にいるゴキブリ、沖縄にいるゴキブリとそれぞれ種類が違いますよね。
すなわち生物というのはひとつの環境にうんと適応するようにできているのです。
中略
そういう意味で私たちはものすごく特殊な生物と言えるわけです。その人間のルーツを探っていきますと、
今から100万年前を見ますとこのくらいの範囲からしか出てこない、さらに150万年前になるとアフリカから
しか出てこない、さらに200万年前以上になると東アフリカのこの辺からしか出てこない。
アフリカを母体として新種の人類が何回も何回も出てきては広がっていき、我々は今3派の人類と言われています。
その3派の人類が世界征服に成功したと言って良いと思います。
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これはアフリカの地図です。だいたいこの中部から西部にかけて、雨の多い熱帯雨林帯ですね。
私はガボン、コンゴ民主共和国、そして今はこのウガンダのちょうど赤道あたりのカリンズ森林で研究して
きたわけですが、ここが我々の故郷です。我々に一番近い生物というと、チンパンジーとボノボとゴリラなの
ですが、この3種類は今なおここに住んでいます。我々の一番近いものがここに残っているわけなのです。
そして我々自身はこの周辺のどこかで生まれたと言われています。もともと東アフリカの端まで熱帯雨林が
広がっていたときに、そのどこかで我々の祖先が住んでいて、地殻変動でここが乾燥したときにどうにか
脱出して生き延びたといえるでしょう。
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私たちは脱出したのですが、ボノボ・チンパンジー・ゴリラというのは熱帯雨林に残って、棲んでいます。
熱帯雨林はどんどん縮小していますが、それは私たちの環境破壊だけではなくて、地球の大きな流れとして
乾燥に向かっているというのがあるのですね。というのもサハラ砂漠からアラビアの砂漠、そしてデカン高原から
東南アジアまでもともと、雨の多い地域だったのですね。その中で進化してきたのが私たちの仲間なのですね。
それがどんどん縮小する中で、チンパンジーなどはこの地域に閉じ込められる、オラウータンはアジアのこの辺に
閉じ込められる。そこから脱出してきたのは人間なのですね。
だからやはり人間のルーツを知るには、ボノボ・チンパンジー・ゴリラの生活を知りたくなるわけです。
中略
類人猿の社会を大きく特徴付けているのが、暖かくて豊かな熱帯雨林で進化したというのが大きな理由になっています。
霊長類は原猿・新世界猿・旧世界猿・新世界猿・類人猿の4つの大きなグループに分かれるのですが、類人猿だけは
父系社会です。その他の猿は母系社会ですし、哺乳類はだいたい母系社会です。そして、私たち人類も何百万年前という
始まりを考えると、父系社会から始まっているだろうと言われています。そういうわけで類人猿というのは、非常に変っています。
チンパンジーは50〜100頭位の集団です。こども達が成長したときにどうなるかと言うと、男の子はそのままこの集団を
受け継いでいきます。ところが女の子は思春期、だいたい7歳から9歳くらいになると母親から何となく離れていって、
あるときふといなくなります。そしてそのメスは色々な集団を渡り歩き、そして最終的に自分の居を構える集団を見つけて
いくわけです。そこでこどもができればそこで定着していくわけです。何故メスが出て行くのかというのは、まだ研究途中
なのでわからないのですが、まあ、オスもメスも適当に出て行くと近親交配が起こる可能性が出てくるわけです。
中略
チンパンジーはこの豊かな熱帯雨林で生活しています。それがチンパンジーの生活を良くも悪しくも特徴付けているのです。
生き物はこどもを産むことに使うエネルギーというのが決まっています。
非常に安定した環境で、それなりの手をかければ生きられる生き物であれば、こどもの数は少なめにしてそのかわり
タップリと一人一人のこどもに手をかけていけば良い。環境が不安定で天敵も多くて、いくら手をかけてもなかなか
生きられないというときには、たくさんこども産んでその中で運よく生き延びてくれれば良い。一頭のメスが一生のうちに
ちゃんと育ってくれる2頭のこどもを残せれば成功と言えます。
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熱帯雨林というのは、最も安定した環境にあると言えます。だからチンパンジーは1頭のこどもに、とても手をかけます。
赤ちゃんを産んで3歳まで授乳します。場合によっては4歳半までのこともあります。お母さんがずっとおんぶして
だっこしてというのが、4歳半くらいまで続きます。そして上のこどもが乳離れしてはじめて、メスは生理が始まります。
上のこどもが5-6歳になったときにはじめて次のこどもができる。だから5〜6年に1頭しかこどもを産めないのですね。
だからチンパンジーは一生のうちに5〜6頭しかこどもを産めないことになります。これは野生動物の中では非常に
少ないですね。だから森林破壊などがあって少しでも数が減ると、すぐに滅びてしまう。
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4〜5歳になるまでは、母親は常にこどもといて、こどものことを気にかけています。
いよいよ離乳期になりますと、母親はこどもを離そうとします。そろそろ次のこどもを作るほうが自分にとって優位に
なるわけですね。そうするとこどもは癇癪を起こします。母親が少し先に行きますとわざとついて行けないフリをして
ぎゃあぎゃあ泣き喚きます。母親とこどもの熾烈な駆け引きというのが起こります。母親がオスと交尾をしようとすると、
こどもが中に入ってオスの顔をポコポコ殴ったりもします。
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チンパンジーの社会は、この母親がものすごい労力を使ってこどもを育てるということのために、たいへんなことが
起こっています。何かと言うとメスが発情しないということなのですね。出産し赤ちゃんが離乳する直前までは母親は
一切排卵が起こりません。性交渉ももちません。その後も妊娠の可能性のあるときしか性交渉をもちません。排卵が
起こるとその日に発情がとまります。そしてだいたい半年で妊娠します。つまり5年間のうちの半年の、しかも月に
10日だけしかオスと交渉をもちません。これを計算しますと、メスは自分の人生の中で20分の1しか発情しない。
そうすると何が起こるかと言いますと、これはタンザニアのバハレのある集団の例なのですが、オスが10頭いてメスが
約35頭います。メスのほうがうんと数は多いのですけれど、そのうちの殆どは発情しない、つまりオスと性交渉を
もたないわけです。25頭いるとだいたい1〜2頭しか発情していない。
オスのほうは常に性交渉が可能なわけですから、この間で激烈な争いが生じるわけです。オスの数が少ないのは、
そういう争いの中で死んでいくオスが多いからです。集団間での殺し合いもありますし集団内での殺し合いもあります。
男の子が生まれて間もないときに、殺されて食べられてしまうということもあります。
中略
もともとは豊かな熱帯雨林の中で、ゆっくりと時間をかけて赤ちゃんを育てるという平和な話から始まるのですが、
それがメスの発情を制限することになって、それがオス間の争いを引き起こしている、
これがだいたい私たちヒト科のグループの大きな傾向だと言えます。人の進化というのもこの呪縛からどう逃れるか
ということがあると言えます。
中略
殺しというのは実はたくさんあるんです。集団内のこどもを殺すというのは、社会のシステムとしてあります。
とくにハレム型の動物では子殺しというのは結構あるんですね。しかし、集団内の大人殺しというのは人間の社会でも
異常な行動として制裁があります。霊長類の中で集団内の大人殺しをやるのはチンパンジーだけです。人間に一番近い
チンパンジーだけが、人間と同じような殺しをする。
それから、集団間ですが、動物の間でもよく戦いがあります。戦いますけど、自分の縄張りから出て行ってくれたら
深追いはしません。人の場合は今の場所を守ることだけでなく、将来の利益のためによその集団を殺しに行ったり、
民族間のジェノサイドが起こったり、色んなことをします。人間だけではなく、チンパンジーでも起こっているのですね。
そういう訳でチンパンジーというのはかわいいだけではなくて、非常に激しいオスの攻撃性、集団抗争というのを持っている。
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チンパンジーのオスというのは、ものすごく厳しい社会で生きているわけですね。父系社会なので、オス同士は皆血縁関係に
あります。だから普段は仲は良いのだけれども、メスを争うライバル関係にもある。そういうオス同士の駆け引きはものすごく
面白い。例えば、毛繕いにしてもメス同士やこども同士の場合には、やりたい同士でやれば良いのですが、オス同士、
とくに対立関係にあるオス同士になると、どちらがやっているかというのが意味を持ってしまうのですね。
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チンパンジーはこの熱帯雨林でゆっくりと育つという、ある意味豊かな生活と言えますが、反面オス間の激烈な競争を
生むことになっている。けれども彼らの世界が、長い目で見ると、終わりに近づいていて、熱帯雨林の縮小とともに滅びる
グループにあるんですね。それにどどめを刺そうとしているのが、間違いなく我々人です。
人はアフリカで誕生してどんどん広がります。まず第一派、第二派の人類が誕生します。それが600万年前といわれます。
そしてアフリカにいるグループから第3の人類が誕生します。これが私たちの祖先と言われています。私たちの祖先はアフリカを
出て、暖かいところに限らずベーリング海峡を越えて南北アフリカも制覇します。この段階でそれまでにいた人類は全部滅びます。
我々が誕生するまでは人類も地域ごとに何種類かいたといわれます。ところが我々が誕生したあとは、我々だけになります。
それだけ、我々が高い知能と強力な武器、高い攻撃性をそなえて世界征服をしているわけですね。人類だけではありません。
南北アフリカを通るときに、かなりの種類の哺乳類を絶滅させたと言われています。有名なネアンデルタール人も私たちが
通ったときに姿を消しています。
中略
世界征服とは言っても人類の数が増え始めたのは産業革命以降、ほんの200年前からです。まだまだ加速度的に増えています。
180万年前の誕生からすると、1万分の1のところで急速に増え始めたということです。いかに人類というのが、
地球の生命体がバトンタッチしてきた論理からはずれてしまって大爆発しているというのがわかると思います。
これからの地球を考えるときにも、そういうことをふまえて何をどうしていくのかということを考えていかなくては
ならないと思います。
第二部はカリンズの森のエコツーリズムについてのお話でしたが、その部分についてはいずれまたご紹介させていただきます。
参考として、弊社ツアー
「チンパンジーの森へ ウガンダでの調査体験の旅10日間」をご覧ください。

ツアーの詳細はこちらへ

興味のある方、もっと詳しくお知りになりたい方は古市先生の著書
『性の進化、ヒトの進化〜類人猿ボノボの観察から〜』朝日選書
をご覧ください。