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セネガル(セネガル共和国)

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アフリカ大陸の最西端に位置し、サヘル地域に属するイスラム国家。

セネガルと言えば、パリ・ダカールラリーのゴール、そして国際的にも有名なセネガル人シンガー、ユッスー・ンドゥールでしょうか。

セネガルの初代の大統領はレオポルド・セダール・サンゴール氏。彼はフランスの中等教育の教員、そして詩人でもありました。黒人としての自覚、黒人文化の特質など示すネグリチュードの概念をその著書の中で発展させたのも彼でした。

スタイルの良さもさることながら、セネガルの人々はかなりオシャレです。アフリカの中でも民主化の進んだ国であり、文化的な香りの漂う国セネガル。

歴史的に見ると、10世紀頃のガーナ王国、13~15世紀にマリ王国、16世紀にソンガイ王国の勢力下にあり、当時の遺跡がセネガル国内で見つかっています。 ヨーロッパとの接触はサブ・サハラの国でも最も古く、1443年にポルトガルの艦隊がセネガル河口に辿り着いたのを機に始まり、その後、ポルトガル人が海路貿易の主要地となるゴレ島に定住したとされます。 その後、オランダ人、イギリス人やフランス人が現れ、金、象牙や奴隷の交易を目的とした海岸地帯の要衝地の奪い合いが続きました。

1815年から独立の1960年までフランスの植民地となります。 1848年に奴隷貿易が禁止され、フランスは新たな輸出品として落花生を栽培させ、現在の主要な換金作物の一つになっています。 1950年代後半、セネガルはフランス領スーダン(マリ)、オートボルタ(ブルキナファソ)、ダホメイ(ベニン)とともにマリ連合を築こうとしましたが、フランスとコート・ジボアールの圧力によりオートボルタとダホメイは断念し、最終的に1960年4月にセネガルとマリはフランス共同体に属したまま独立し、数ヵ月後にセネガル共和国として独立。

マリに比べたら見所もそれほど多くなく、またディープな旅をしたい方には物足りないかもしれません。 ただ、アフリカでのんびりと滞在し、現地の人々と交流したい方にはセネガルはお勧めです。

セネガルの主要な言語ウォロフ語でテランガとは「もてなし」の意味(ダカールにあるホテルの名前にもなっていますが)。 セネガルの人々は遠方からの旅人を笑顔でもてなしてくれることでしょう。

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  1. セネガル・華のダカール 8日間

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基本情報

正式名称 セネガル共和国
Republic of Senegal
大統領 アブドゥライ・ワッド
Abdoulaye Wsde
人口 約1270万人(2008年) 首都 ダカール
人種 ウォロフ(44%)、プル(23%)、セレール(15%)他 言語 フランス語(公用語)、ウォロフ語など各民族語
宗教 イスラム教(95%)、キリスト教(5%)、伝統的宗教 面積 197,161km2 (日本378,000km2の約半分)
ビザ 不要(3ヵ月以内) 電気・電圧 127/220-50Hz:A/B2/E/E2 (マルチタイプがオススメです)
パスポート 入国時6ヶ月以上 通貨 セネガル・セイファーフラン (XOF)
1XOF = 0.2円 ※2009年4月現在
国旗

セネガル国旗

汎アフリカ色を使用。 緑は農業と希望を、黄色は富を、赤は独立のために流された血の色と苦難と努力を、中央の星は自由統一のシンボルです。
気候 南東部の丘陵地帯を除くと大半は100m以下の平坦地。 北東部から中部にかけてはサハラ砂漠の南端にあたる半砂漠地帯で乾燥気候、中部はサバナ気候、南部は熱帯気候。 雨季は6~10月で、この時期は1年でもっとも暑く、30℃前後になる。 乾季は11~5月で、沿岸部はカナリア寒流の影響で気温が下がるが、内陸部はハルマッタンとよばれるサハラ砂漠からの熱風でひどく乾燥する。
交通事情 幹線道路は概ね舗装されていますが、穴ぼこが多く状態はあまり良くないです。 セネガル国内の移動手段としては、乗り合いのバスとタクシーになります。主要都市との間は、セット・プラス(フランス語で7席という意味で7人乗り)と呼ばれるノンストップの乗り合いタクシー、そしてカールと呼ばれる乗り合い小型バスが運行しています。カールは整備不良も多く、途中のストップも多いので旅行者にはセット・プラスがお勧めです。 ダカール市内にはカー・ラピッドと呼ばれる小型の乗り合いバスが縦横無尽に走っています。黄色と青のカラフルな車体で、車内はすし詰め状態でコーランが大音響で流れていることもしばしば。 鉄道網はダカールからティエス、タンバクンダ、そしてマリとの国境キディラまで延びており、またダカール~マリのバマコ間(所要時間30時間)には週2本の国際列車が運行しています。 航空路は、以前までほとんど機能していませんでしたが、数年前にエア・セネガル・インターナショナルがロイヤル・エア・モロッコの傘下になり、タンバクンダやジガンショールなどへ定期便を運航。 また、民間のサヌ・エアがコルダやバケルへの便も飛ばしています。
電話のかけ方 日本からセネガルへ
国際電話認識番号+221+市外局番(0を取る)+電話番号
セネガルから日本へ
国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

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アクセス

空路の玄関口はダカール

1. ヨーロッパルート

パリ、ブリュッセル、リスボンより毎日運航

2. アジアルート

バンコクよりケニア航空がナイロビ経由で週6便運航。また広州や香港からも週2~4便ずつ運航
バンコク、広州よりエチオピア航空がアディスアベバ経由で週3便運航

3. 南廻りルート

南アフリカ航空 ヨハネスブルク経由が毎日運航

4. その他

カサブランカよりロイヤルエアモッロコが毎日、イスタンブールよりトルコ航空が週3便運航
2010年9月よりエミレーツ航空がデュバイ⇔ダカール直行便を就航します。(週5便)

2010.4月現在

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見所・行き所

ダカール

ダカール

セネガルの首都ダカール、人口200万人を数え西アフリカの玄関口でもあります。 ただ、その歴史はサンルイやゴレ島に比べ浅く、レブー人やウォロフ人の漁村に過ぎませんでした。 ダカールの語源は、ウォロフ語のタマリンド “ DACAR ”又は“ DAHAR ”と言われており、1857年にゴレ島にあった軍隊を現在のダカールの独立広場に移したのがダカールの始まりです。 その後、サンルイとの鉄道が開通され、ダカールは発展し、首都として地位を確立していきます。 街は独立広場を中心に碁盤の目のように拡がっており、ポンピドー通り、ラミン・ゲイ通りには多くの店が軒を連ね、常に車と人が溢れています。 また、バナバナと呼ばれるストリート商人(初めての観光客には攻撃的な売り子という印象を抱かれるのでは)やドレッドヘアにカラフルな布をつぎはぎした独特の衣装を身に纏ったバイファルによく出会うのもこの辺りです。 マルシェで有名なのは、市街地にあるサンダガ市場(巨大で迷路のような市場、スリにご注意を)、ケレメル市場(主に生鮮品)、そして海岸線にあるスンベジューヌ市場(夕方の魚の市場、近くに民芸品の店が多い)です。 ダカール ダカールの夜は、やはりライブハウスでしょうか?ダカールに週末いるのであれば、ユッスー・ンドゥールが経営するライブハウス「チョサン」を訪れる価値ありです。海外にコンサートツアーに出ていなければ、彼が週末のライブに出る可能性は高いです。 ライブハウスが開くのが大体23時頃で、ユッスーのライブが始まるのが2時くらいですので、徹夜覚悟になりますが。。。 ダカールはナイロビやヨハネスブルグに比べたら、かなり安全です。ただ、昨今、治安は悪くなりつつありますので、夜間の移動は車を利用して下さい。

ゴレ島

ゴレ島

ダカールの沖合い約3km(定期船で20分ほど)に浮かぶ、東西300m、南北900mの小さな島です。ダカールの喧騒に疲れたら、走る車もない、この小島でひと時を過すのも良いかも。 1444年にポルトガル人に発見され、その後ヨーロッパ列強国の間で主権争いが繰り広げられ、ゴレ島は最終的にフランス領となります。 1588年、オランダ海軍がこの島を“GOEDE REEDE”(良い停泊地)と名付け、それがゴレになったとされます。 1848年に奴隷貿易が禁止されるまで、新大陸への積み出し港として発展します。 現在、「奴隷の家」として博物館になっている建物は、オランダ人により建てられたもので、建物全体で常時150~200人が押し込められていました。 彼らは鉄の首輪と腕輪をはめられ、衛生状態も非常に悪く、ペストなどの伝染病が流行することもありました。 ゴレ島 この場所に家族で連れて来られて、ここで離れ離れにされた親子も少なくなく、父親はルイジアナへ、母親はブラジルへ、そしてその子供はハイチへといったケースも。 この館の廊下に並ばされた時、故郷アフリカ、そして家族との永久の別れを意味していました。 この島に住み着くジェンベ奏者などのミュージシャンは多いです。 彼らがこの島で起きた悲劇を唄い奏でることにより、奴隷として送り出されたアフリカ人の霊が鎮められているように思えてなりません。

ラック・ローズ(ピンク・レーク)

ラック・ローズ(ピンク・レーク)

正式の名称はレトバ湖で、その湖の色からピンク・レークと呼ばれています。 この湖の塩分は海水の10倍の濃度で、セネガルの死海と呼ばれ、塩の産地でもあります。 湖面が下がる乾季の昼頃が最もピンク色をしています。また、パリ~ダカールラリーの終点として有名で、実際のゴールはダカールではなく、このラック・ローズで、ゴールの後、ドラーバー達はダカールまでのウィニング・ランを行います。 湖の周辺にはホテル兼レストランが数軒あり、湖と周辺の砂丘を4輪駆動で巡るツアーも行っています。

サンルイ

サンルイ

セネガル河口に位置し、大西洋に面する街サンルイ(英語読みではセントルイス)。 名前の通り、異国情緒溢れる都市、その旧市街は中洲になっており、コロニアル風の街並が残ります。 毎年5月上旬にジャズ・フェスティバル(以前に渡辺貞夫さんも参加)が行われており、市内にはいくつかのジャズ・バーもあり、ジャジーでハイカラ?な街と言ったとこでしょうか? 1638年にアフリカでフランス人が建てた最初の町で、1659年にルイ13世に敬意を表してサンルイと名付けられました。 内陸への開拓の拠点、そして金、象牙や奴隷の売買場として栄えます。 フランスの総督府が置かれ、19世紀にフェデルブ総督のときにサンルイの街は発展しますが、その後、サンルイ~ダカール間に鉄道が開通し、サンルイは衰退していきます。 サンルイ サンルイの旧市街に入るために渡る橋がフェデルブ橋です。1897年に架けられた鉄橋で、ドナウ河に架けるために造ったものを転用したものです。 それと、サンルイの歴史に郵便飛行は欠かせません。ホテル・ドゥ・ラ・ポストは、当時の郵便飛行パイロットの宿舎でした。 このホテルのレストランの天井には郵便飛行の歴史が地図として描かれています。 1930年にサンルイからブラジルのナタールまで南大西洋横断飛行に成功したのがフランスの飛行家ジャン・メルモーズで、彼のサハラ砂漠での不時着と生還はサンテグジュペリの小説の題材にもなりました。 因みにジャン・メルモーズが滞在していた部屋は河に面した219号室です。

ジュージ国立公園

ジュージ国立公園

1971年に作られ、1980年に世界遺産に指定。 鳥の国立公園としては世界で3番目の規模を有し、セネガル河デルタの16,000ヘクタールの面積に拡がる沼や湿地にヨーロッパなどから無数の鳥が飛来してきます。 公園は10月から4月の間、オープンしており、車両と小舟に乗ってバード・ウォッチングを楽しむことができる鳥類の楽園。 数百万の鳥類が飛来し、フラミンゴ、モモイロ・ペリカン、ムラサキサギサギ、シラサギ、レンカクなど約400種近く確認されています。 公園内に宿泊施設もありますが、サンルイからの日帰り旅行も可能です。

トゥーバ

トゥーバ

セネガルにはイスラム教の2大宗派があり、ティバワンヌを総本山とするティジャンヌ派、そしてトゥーバを総本山とするムーリッド派があります。 ムーリッド派は19世紀末にアーマド・バンバ(彼の肖像はタクシーや乗り合いバスの前面にぶら下っているのをよく見かけます)によって作られました。 植民地時代にフランス政府に弾圧され、1855年に ガボンに追放されますが、数年後、セネガルに戻り布教活動を継続。 独立以降、ムーリッド教団はその基盤を拡大し、セネガルの大統領から路上の物売りの人まで多くの人の心を捉え、その経済力はセネガルを左右するほどまでになっていると言われています。 このトゥーバを訪れる観光客は少ないですが、時間があれば、巨大なモスクとともに発展する街に寄ってみては? ただ、バンバが海外の流刑から戻った日を記念して行われる巡礼祭(マガル・ドゥ・トゥーバ)の時はセネガル中から人が来ますので、要注意です。

食べ物

食べ物

アフリカ料理=セネガル料理と言っても過言ではありません。 セネガルの国民的な料理といえば、チュブジェン(魚と野菜の炊き込みごはん)、ヤッサ・プレ(玉ねぎとチキンを煮込んだもの)、マフェ(セネガルの換金作物でもあるピーナッツソースを使った羊のシチュー)、スープ・カンジャ(オクラとヤシ油のソースかけご飯)、チュー(肉と野菜のトマトソース煮込みかけご飯)など、日本人の口に合うこと間違いなしです(ただ、油っぽいかもしれませんが。。。) ドリンク類では、ブイというバオバブの実のジュース、ハイビスカスの一種(アセロラ系?)のビサップ・ジュースはお勧めです。 これらセネガル料理を食べてみたい!!!というグルメな方は、アフリカ・レストラン・カラバッシュへGO!!

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セネガルと同じ地域の国々

カーボ・ヴェルデ共和国 / ガンビア共和国 / ガーナ共和国 / ギニア共和国 / ギニアビサウ共和国 / コートジボワール共和国 / シエラレオネ共和国 / トーゴ共和国 / ブルキナファソ / ベナン共和国 / リベリア共和国

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