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スーダン(スーダン共和国)

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国土の広さでは、アフリカで一番。

日本の6.6倍の広さ。世界でも第10位に入る広大な面積を持つスーダンは、以下の3つの地域に大別できます。

  1. 国土の30%を占める北部の砂漠地域。 ナイル河本流西側のリビアから続く地域は、砂がちで大砂丘群も幾つかあり、オアシスも数箇所しかない不毛の砂漠地帯。 東岸のヌビア砂漠は、ところどころ岩が多い礫砂漠や土漠状の大地が広がります。
  2. ステップや低い山々が広がる中央部の半乾燥地域。 紅海沿いの海岸地帯には、南北に伸びる2000m級の山塊が横たわります。
  3. 南部の広大な沼沢地(スッド)や多雨林がある地域。 乾季と雨季では、景観も様相もガラッと変わり、未だ人間を寄せ付けない未踏の地が広がります。

北部から南部、紅海から西部のチャド国境へと、風土、国土、民族も多様化し、様々な見どころが溢れ出しそうなスーダンですが、現在のスーダン国情を考えると、その魅力の一部にしか触れる事が出来ないのが残念でなりません。

決して豊かとは言えないスーダンですが、世界中の旅人の心を捉えて離さない最大の理由は、スーダンの人々のホスピタリティでしょう。

何処に行っても、ゆったりとした笑顔で迎えてくれます。暖かいティーのもてなしがあります。

3000年の歴史の余裕と心の豊かさでしょうか?

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  1. スーダン・サハラ ヌビア砂漠の旅 13日間

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基本情報

正式名称 スーダン共和国
Republic of Sudan
大統領 オマル・ハサン・アフマド・アル・バシール
Omar Hassan Ahmad al-Bashir
人口 約3,915万人(2008年) 首都 ハルツーム
人種 アラブ系(40%)、アフリカ系(31%)、ペジャ(7%) 言語 アラビア語(公用語)、英語
宗教 イスラム教、キリスト教、土着宗教 面積 2,500,000km2 (日本378,000km2の約7倍)
ビザ 必要 電気・電圧 220/240-50Hz:B2/B3/E (マルチタイプがオススメです)
パスポート 入国時6ヵ月以上、査証欄余白は見開き2頁以上 通貨 スーダン・ポンド(SDG)
1SDG = 36.4円 ※2010年4月現在
国旗

スーダン国旗

アラブの統一を求めて、汎アラブ色の国旗を採択。 緑はイスラムと繁栄を、赤は革命と進歩を、白は光と平和を象徴。
気候 ハルツームより北方は、砂漠型気候に近いと言えるでしょう。 季節によりはっきりとした違いがあり、冬の気温は、夜間には4℃位まで下がります。 逆に夏の気温は、43℃以上になる事も多く、暑さを実感します。 雨は殆ど降りません。 ハブーブと呼ばれる砂嵐がしばしば発生し、飛行機を止める事もあります。 南下したステップ地帯でも、気温は高いですが湿度は低いので比較的、旅がしやすいでしょう。 赤道に近くなる南部は、湿度も高くなり、年平均気温で29℃にもなり、年間降水量は、1000mmを超えます。 旅行のベスト・シーズンとしては、スーダン全体では10月~3月の間が、お勧めです。 ハルツーム近郊の観光なら、暑さを我慢出来れば?通年も可能でしょう。
交通事情 国内の長距離の移動には、道路の改修が進んでいるのでバスが便利。ハルツームを起点に、各都市間を結んでいます。 また中型の乗り合いバスは、本数も多く使い勝手が良いので、地元の人の足になっています。 鉄道は、エジプトからのフェリーと連結するようにワディハルファからハルツームへの長距離列車が、ツーリストには、憧れ?の列車でしょう。 この国には、アフリカの船旅を象徴する二大ルートがイル河上にあります。 エジプトのアスワンからワディハルファ間を往復するフェリー船は、今も健在。もう一つの南部スーダン、ナイル河湿原地帯を往くコスティ/ジュバ間の船は、残念ながら運休中。復活を待ちましょう。
電話のかけ方 日本からスーダンへ
国際電話認識番号+249+市外局番(0を取る)+電話番号
スーダンから日本へ
国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

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アクセス

空路の玄関口はハルツーム

1. 中東ルート

エミレーツ航空 デュバイ経由、カタール航空 ドーハ経由が毎日運航
エティハド航空 アブダビ経由が週4便運航
カイロよりエジプト航空が、イスタンブールよりトルコ航空が毎日運航

2. ヨーロッパルート

ロンドン、アムステルダム、フランクフルトよりそれぞれ週3便運航

3. アジアルート

バンコク、広州よりエチオピア航空がアディスアベバ経由で毎日運航
バンコクよりケニア航空がナイロビ経由で毎日運航。また広州や香港からも週3~4便ずつ運航。

4. その他

その他、近隣アフリカ諸国(リビア・トリポリ等)からフライトがあります。

2010.4月現在

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見所・行き所

ハルツーム & オムドゥルマン

ハルツーム & オムドゥルマン

ビクトリア湖を発した白ナイルとエチオピア高原のタナ湖を発した青ナイルとの合流点に位置するスーダンの首都。 ハルツーム(新市街)、北ハルツーム、オムドゥルマン(旧市街)の3つのエリアで構成されています。 名前の由来はアラビア語の「象の鼻」。かつての象牙の取引の中心地であった事から、両ナイルの合流点が象の鼻のように曲がっているところから、など諸説あります。 見所としてはやはり両ナイルの合流点でしょう。 オムドゥルマンと北ハルツームを結ぶ橋の上から、その名の通り白く濁った白ナイルと青く(実際には黒い)濁った青ナイルを見ることができます。 雨季の水位が高い時期にはナイル川をクルーズし合流点まで見学に行くことも出来ます。 オムドゥルマン また、オムドゥルマンのスーク(市場)は、食品、生活用品からお土産にも良い(?)イスラムグッズなどが売られていますが、規模も大きく、活気もあり買い物をしなくとも楽しい。 オムドゥルマンの郊外の砂漠の所々では定期的にラクダ市も開かれ、各地から集められエジプト方面に向かうラクダの多さは壮観の一言です。 他にオムドゥルマンでは、19世紀にエジプトのムハンマド・アリー朝に対して反乱を起こして東部スーダンを独立させたマフディー(救世主の意、本名はムハンマド・アフマド)の墓があります。 同じく19世紀のイスラム神秘主義ダルビッシュの指導者ハマドの霊廟でもある、ハマデルニール・モスク(金曜の礼拝日には旋回舞踊が見られる)、新市街では各地の遺跡出土品を収蔵した国立博物館や597ものエスニック・グループが存在するスーダンならではのエスニック・グループ博物館など多くの見所があります。

メロエ

メロエ

メロエは古代クシュ王国後期(紀元前540年頃)の都で、タンウェタマニ王によって遷都された。 ロイヤルシティと呼ばれた石壁に囲まれた王宮、神殿、浴場などの遺跡が存在する。 遺跡の様式も、アメン神殿はエジプト様式、太陽神殿はギリシャ様式、装飾品の彫刻はメロウェ様式と数種の文化が混ざり合っている。 また、市街近郊3ヶ所にはピラミッドも築かれており、エジプトと比べて規模は小さいが、傾斜のきつい独特のものを見ることができる。

カリマ

カリマ

紀元前660年頃のカシュタ王の時代のものが多いと言われている、クシュ王国前期の都ナパタの遺跡群。 ジュベル・バルカル遺跡と、エジプトの神々を描いた装飾画が残るクシュ王国初期のクル・ヌッサの王墓群、ヌッリ遺跡などが見所。 世界遺産に指定されてはいるが、まだまだ訪れる人々も少なくひっそりとしており、遺跡を十分堪能できる。

南部エリア & 西部ダルフール地域

南部、マラカルからジュバへのスッド地域に住む民族、中央部ヌバ山塊に住む人々や生活を探訪したい方々は、国の安定をもう少しお待ち下さい。 同様に西部ダルフール地域の山岳景観や人々との交流も、住民に平和が訪れたら真っ先に訪問したい地域です。

食べ物

食べ物

イスラム教国の為、基本的にはアラブ風料理が主となります。 豆を使用したスープ、アラブ風パンに具となる肉料理(カバブ、ケフタ、グリル類)を付けるなり、くるんで食べます。 生野菜もサラダ代わりに、頻繁に出る事が多いでしょう。独立前は英国領であった為、朝食や他のメニューにも、らしさを感じる事もあります。 肉料理が多く、魚はハルツームや北部のドンゴラ周辺でしか食べるチャンスが無いようです。多くは、フライにして食べます。 南部の住民は北部と違い、ソルガム等の雑穀を主食としています。

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スーダンと同じ地域の国々

チャド共和国 / ニジェール共和国 / マリ共和国 / モーリタニア・イスラム共和国

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関連ツアー

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