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ブルキナファソはかつて、ガーナで大西洋に注ぐボルタ川の上流にあったことでオートボルタ(Haute Volta/上ボルタ)と呼ばれていました。ブルキナファソの国土全域がサバンナ地帯にあるため、季節によっては気温が45度くらいまで上昇することがあります。しかし、湿度が少ないので、日陰にさえいれば快適そのもの。また日中は暑いものの、朝晩は冷え込むこともあります。
ブルキナファソには、60ほどのエスニックグループが存在しています。主なグループはモシ、グルマンチェ、ヤルセ、グルーシ、ボボなど。非常に牧歌的な国で、国民の多くも穏やかでまじめ、親しみが持てます。また国民の多くがコートジボワールへの出稼ぎや移民として暮らしており、その多くが、警備員、雑用係、お手伝いさん、農民として生計を立てています。
ブルキナファソの主要な産業は農業と畜産です。農業に関しては、ヒエ、米、ヤムイモ、豆などを生産、また日本では石鹸で有名なシアーバターの実も生産・輸出されています。畜産に関しては、羊、ヤギ、鶏、牛などが飼育されていて、牛は陸路で、コートジボワールその他の周辺諸国へ輸出されています。
ブルキナファソといえば、取り上げなければならない人がいます。第5大大統領トーマス・サンカラです。キューバのチェ・ゲバラとも比較される革命家の彼は、精錬潔癖な人柄のカリスマ性のある人物で、1960年以来クーデターが頻発した祖国で、国民本位の政治をしようとしました。まず国名をそれまでのオートボルタからブルキナファソ(公明正大な人々の国の意味)に変更。そして汚職や腐敗を、まず本人自ら否定し、質素な生活を送りました。政治的には非常にリベラルで、左派的な理念の持ち主だった彼は、教育と社会保障制度の改善、砂漠の緑化事業などを主な政策として、発展途上国から脱却する事を意図した計画経済的、かつ社会主義的なプロジェクトを実践しました。また、政府の中枢に多くの女性を彼の起用した事でも知られています。政策も住民本位を基本に、労働力を提供させるなどしてインフラの整備に努めました。国民からは多くの支持を得る事に成功しましたが、その急進的な政策のために側近の反感を招き、1987 年にクーデターで命を落としてしまいました。しかし、それ以降ブルキナファソでクーデターは起こることがなく、よい意味で彼が残した伝統を守る、文字通り公正明大な人々の国として現在に至っています。
| 正式名称 | ブルキナファソ Burkina Faso |
大統領 | ブレーズ・コンパオレ Blaise COMPAORE |
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| 人口 | 約1,520万人(2008年) | 首都 | ワガドゥグ |
| 人種 | モシ、グルマンチェ、ヤルセ、グルーシ、ボボ等 | 言語 | フランス語(公用語)、モシ語、ディウラ語、グルマンチェ語 |
| 宗教 | 伝統的宗教57%、イスラム教31%、キリスト教12% | 面積 | 274,200km2 (本州と九州を合わせた程度) |
| ビザ | 必要 | 電気・電圧 | 220V-50Hz:B/E/E2 |
| パスポート | 申請時6ヵ月以上 | 通貨 | セーファーフラン(XOF) 1XOF=0.2円 ※2009年4月現在 |
| 国旗 |
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| 気候 | 国全体が広大な高原状の地形で、北部と東部は乾燥気候、特にマリとの国境付近は砂漠気候となり雨は非常に少ない。 南西部はサバナ気候で、首都ワガドゥグの年平均気温は28℃、3~5月には日中45℃まで上がることもある。 6~9月の雨季には100~250mm程度の降雨がある。 | ||
| 電話のかけ方 | 日本からブルキナファソへ 国際電話認識番号+226+市外局番(0を取る)+電話番号 ブルキナファソから日本へ 国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号 |
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空路の玄関口はワガドゥグ
エールフランス パリ経由が週6便運航
カサブランカよりロイヤルエアモッロコが週4便、リビア・トリポリ、アディスアベバからもフライトがあります。
また近隣アフリカ諸国(ダカール、バマコ、アビジャン、コトヌー等)からフライトがあります。
2010.4月現在

