グランドサハラ エクスペディション - p5
月風かおり
【テネレに死す・・・】
このオプションで私たちはサハラの恐ろしさを知ることになろうとは夢にも思わなかった。
十二月二十日、朝八時、アガデスの街を楽しむ組とテレネへ向う組に別れていた。私はまたしても自分の未熟さを棚に上げて出発する組に参加する。街を出るとピックアップの先導車だけが頼りだ。
道なき砂地、時にはサバンナに似た低い樹木もくぐりながら軟弱な轍を進む。ささやかな村では放牧されたヤギ・ロバが出迎えてくれる。こんな場所で生活を・・・。以前から調子の悪かった仲間のバイクがエンジントラブル。村の人の手を借りてピックアップの荷台に載せる事になる。何があるか分からない、何があってもおかしくない、そして何という手立てもない場所なのだ。

ルートも硬い砂地へ回避できないルートが増えてくる。突き進むか、砂に刺さるかどちらかだ。何度か転んで体力を消耗しかける。仲間も深い砂地まで入ってきて助けてくれる。しばらく続いたアップダウンから一気に荒涼とした一望千里の砂の世界が広がった。高速だと砂にからみつかない。途中砂岩の山塊の上にある岩壁画を見る。奇岩に残された動物の壁画はサハラが太古、緑の台地だった頃の人の生活があった記録である。ここにもサハラの不思議を見る事ができた。

相変わらず憎らしいアカシアの木の下で昼食をとる。この厳しいサハラで唯一逞しく根を張っているアカシアの木。遠目で見つけると駆け寄ってさわやかな休憩時間を過ごそうものだが、このすさまじいトゲの為どうも相性が悪い。このトゲで何度パンクしたことだろうか。このくらい強豪でないとサハラでは生きてゆけないという事である。

私たちは昼食後快調に砂丘の波を越え、うねり行く先のテレネを目指していた。その時仲間の一台が遅れていることに気がつかなかった。大きな砂丘の左手に入り、そこで一台を待つことになる。しかし時間が経っても姿が見えない。空き時間が過ぎ、日が傾き始めていた。巨大な砂丘のピークに登り待つ者、車の中で待機する者。私はバイクのエンジンをかけもう一台の仲間と正反対方向にそれぞれライトを照らし続けた。

沈黙を破る様に一人がピークに向ってバイクで走り始める。視界が広い場所まで移動するつもりなのだろうと思った。彼が走り出して数十秒。私の隣で座っていた仲間の一人が「飛んだ!」と叫んだ。そしてフワッと立ち上がり夢遊病者の様に歩き始めて、その足が早足に変わった。もう一人がバイクで駆けつける。私はこのライトアップを止めるわけにはいかなかった。とりあえずその場に残る。

しばらくして戻ってきたガイドはジェスチャーで手のひらをまっすぐ首に横一文字を切った。・・・何かとんでもない事があの砂丘の向うで起こってしまったことを感じた。ライトアップを止めすぐ現場に駆けつける。人工呼吸をしていた。仲間は最初私たちの姿を見て「来るな!」のサインをしたが、すぐ変わり「いや、見てやってくれ」と呼んだ。もうその時点で彼の息はなかった。しかし私は見たままを信じられなく名前を呼び続けた。諦めることはできない。まだ温かかったからだ。手をさすり足をさすって再度人工呼吸を続けた。でももう転落から一時間過ぎていた。もうこれ以上肺を押し続けるのをやめよう。胸がつぶれてしまっている。私は血のついた顔をきれいに拭いてあげる。膨れ上がったのどに絡みついたカメラをはずし、白い手ぬぐいが顔にかけられた。砂の枕を作り皆で静かに最後を看取った。私は泣いた。とっぷり日が暮れまた砂漠の夜が迫り来ていた。遅れていた仲間も無事合流。それぞれがそれぞれの納得の仕方で状況を呑み込み救助を待った。

それは本当に長い長い砂漠の夜だった。こんな時こそ何か口にしようとガイドが温かいスープを作ってくれる。あまりにも静かな時間だった。闇夜の中自分たちの位置を示すライトアップのエンジン音だけが何時間も砂漠に響き渡った。テントを張らず冷気の中、寝袋にくるまってひたすら救助を待った。眠れない目の中に入るのは青白い月の光だけだった。

救助の車が到着したのは夜中の一時を過ぎていた。

遺体を搬送する準備をする。私はあと5分あれば気持ちを整理できた。しかし他のメンバーより見るからに落ち込んでいた。アガデスへの遺体の搬送のピックアップに一緒に乗り街に帰ることになる。夜2時サハラの奥深い砂漠の闇夜を出発した。頭上の傷ついた遺体、脳裏に焼きついた現場の残像、ピックアップのディーゼルの臭いに嘔吐しながら7時間かけて朝の9時前にアガデスのホテルに戻ってきた。

サハラ砂漠、東西五千キロ、南北千五百キロ余り、面積はほぼアメリカ大陸がすっぽり入ってしまう。地球上に存在する世界一の広大な荒地。その片隅で一人のライダーの命が散った。そして私は絶漠のサハラで生と死を垣間見てしまった。サハラは何もなかった様に静かに我々を見送った。限りなく美しく自由なサハラは不気味な魔物が住んでいる所だった。次の日、残りのライダーは無事テレネから帰還する。私たちは悲しみを乗り越えてタウアへの400キロを走りぬいたのだった。