グランドサハラ エクスペディション - p4
月風かおり
【ニジェールに入国 人の造りだす音は無かった】
十二月十八日、八時半。出国の手続き・カルネ・登録証・銀行証による残確認作業を約二時間で終え、数十キロ先のニジェール側の事務所へ入る。とにかく砂の海のど真ん中にポッとあるのだ。最後にゲートに入ったハイエースが砂地でスタックしてしまう。しかしあっという間に無数の手がハイエースの後方へ。素早い現地の人の後押しで脱出できた。
相変わらずアッサマカも暑い。アルジェリアの残ったコインでも良いと、ポケットから全部取り出し外温コーラを買う。こんな高温だから開けたとたんドドッと泡が吹き出てしまう。入国の手続きを暑さと物売りの子供たちの中で待つ。この子たちはなかなか面白い。国境に着く旅行者が来るとワンサカ集まってくる。タバコ・マッチ・コーラ・水袋・お菓子をそれぞれ木箱やカゴに入れて「マダム〜」「ムッシュ〜」と売り歩く。賢いのは断られても断られてもアタックすることだ。そのうち根負けして買ってあげてもいいという気になるくらい健気だ。この暑さの中、帽子も被らず裸足で大丈夫なのだろうか。

入国手続きと同時に食事を済ませ再び砂礫のうねりに向う。比較的硬い部分が多くなり高速で快調に駆け抜ける。砂の状態も先導車の砂煙で分かる様になる。空と砂しかないサハラを限りなく自由な風が吹きぬけていた。
しかしひとたび我々の様なにわか旅行者が先導車を見失うことがあれば、途端に恐怖が忍び寄ってくる場所でもあるのだ。私たちはしばらく砂の地平線を目指して走っていたが、その後ゆるやかに大きなうねりの砂丘に変わった辺りで後方のサポートカーが見えなくなっているのに気が付く。先導車と伴走してたバイクの前進を止め、今来た方向のその向こうにある一番高いうねりのピークを見つめながら後続車を待つことにした。またしても日没が近づいていた。

一台が伝令に走る。ガソリンは残っているだけだ。ここで自分たちも発見されなかったらダメかもしれないと言って引き帰して行った言葉で更に緊張が走る。自分たちの出来る事はその場を動かない事とこの位置を知らせるバイクのライトアップをし続ける事くらい。私たちは砂丘の向こうから来る小さな明かりだけを待った。
暗闇が迫りかけた頃、丘の左右から2個ずつの明かりが見え始めた。合流できたのだ。どうやらサポートカーは10キロ手前でキャリアが落ちてしまったらしい。平坦な場所で分かる事が砂丘の大きなうねりが死角となって、なんと10キロも気が付かなかったのだ。

明日はなんとかアーリットにたどり着けるだろう。砂漠四日目のキャンプを張る。男性は無精ひげをたくわえ、自分も食事の用意の時以外、手も顔も洗っていない。そんな事より今、ここに全員無事でいることの方が重要だった。毎日いろんな事がある。一日も同じ日がない。体調を崩している人も出てきた。しかし皆ここまで走ってきた。アーリットに着けばアスファルトの道が待っているだろう。明日は最後のサハラといっていい。今日も視界を越える星屑の夜。テントを脱け出し裸足で冷えた砂の上を歩き出す。無音・・・。人の造り出す音はそこになかった。

砂漠キャンプ四日目を畳んでアーリットに向けて出発。ホガールルート最後のサハラを爆走する。アクセルを開き続けてサハラ砂漠という広大なキャンバスにバイクの轍を刻みつけてゆく。自分の足跡だ。サハラの風にそれぞれの思いを叫びながら突き進む。奮い立つ興奮が誰にもあった。六速いっぱいで爆走しながら四方八方の自由を嗅いだ。そこは砂と空と太陽と自分たちしかいなかった。



【サハラ砂漠完走!】
遠く彼方にアーリットの街が見えてきた。アスファルトを前に我々は一時休止し、当然なるサハラの砂の上で走破のショットを残した。街に入る。久しぶりの街での昼食。緑のサラダの登場でワーッと歓声が上がる。肉とフランスパン、豪華だ。街で飲み物を注文すると私たちは冷えているかどうか確認する癖がついていた。アルジェリアではほぼ常温コーラだったしクーラーボックスに入っているだけで感動してしまう。何というアフリカ、これはもう楽しまなくてはならない域だ。シャワーは典型的。お湯というものを期待してはいけない。今日のホテルはお湯が出るか否かという次元よりひねれば水が出てくるかどうか、これに尽きる。アフリカの場合、クジの当たりハズレを楽しまなくちゃいけない。詳しく説明すると水の出方が穴ふさがりの八方出か、チョロチョロの打たせ水か、たっぷり頭を泡立たせた後の急止まりか、などなどバラエティーに富んでいる。しかるに皆、自分の部屋番が決まるとまずはクジを引く(シャワーをひねる)わけだ。元気よく水の出るシャワーなら高級ホテルと呼ぼう。


【砂漠の灯台 アガデス着】
アーリットの食堂でマラリアの薬を買う。この先は熱帯性マラリアに気を付けなくてはならない。効果は蚊取り線香。その後、砂漠の灯台アガデスに向うべく街を出る。と、数キロ走ったチェックポイントで手続き不備の為ゲートを開けてもらえず、再びアーリットの警察へ引き返し炎天下の中待つのだった。
ロスタイムで今日もナイトラン。日が落ちると前のバイクのテールランプだけを頼りに進む。センターライン・サイドライン・街灯が一切ない。仲間のバイクと少し離れてしまった為、闇の中からロバが道路を横断している事に気づかず急ブレーキ。あやうく難を逃れた。九時近くにやっとアガデスのホテルに到着した。昼間の暑さでダラダラの為、夜の走りはきつかった。とりあえずクジを引く。有難い水シャワーと四日ぶりのベッドは真に天国だった。

次の日は久しぶりの休息日。午前中は市場に出てみる。イスラム圏の女性は肌を出さない。自分も日本から持ってきたスカーフで顔を包む。泥でできたミナレットに登り頂上からアガデスの街を臨む。泥でできた質素な家・人々が行きかう市場・ロバの荷車・ポンコツ車・日陰にへばりつくヤギ・空のペットボトルで遊ぶ子供たち・洗濯をするママ・昼寝する男。
乾いた風に吹かれてサハラの片隅のこの街を見下ろしていると、人間など大自然界の中でささやかに生かされているにすぎないと感じてくるのだった。ひとたび街を出ると周囲何千キロと不毛の地が広がっている世界を自分の体で見てきたのだから・・・。

昼からは食欲をなくす。マラリアの薬のせいだろうか。午後からはオイル交換と整備を終えて明日のテレネ砂漠のライディングに備えた。テレネのモニュメントはアガデスから東、ビルマのオアシスに向う約290キロ地点にある。サハラの更に深く美しい砂漠を走破し、一泊二日の予定でアガデスの街に戻る予定になっていた。往復580キロ、砂も今までより深い。



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