グランドサハラ エクスペディション - p3
月風かおり
待つ(タマンラセット〜インゲザム・アーリット〜アガデス〜テレネ)

【いよいよホガール・ルート走破へ−アクシデント発生!】
タマンラセットを出る朝。インゲザムへ向う400キロは二日をかける予定になっている。
チュニジアから続いたアスファルトはタマンラセットから二十数キロ先で終わってしまう。慣れない砂地と格闘しながら100キロを過ぎた地点でアクシデント発生。仲間が砂地の段差にはまり転倒、鎖骨を折ってしまう。ああ、やはりサハラは怪物だった。侵入者を拒否する様に大きな落とし穴が静かに口を開けている気がしてならなかった。前進を諦めた我々はキャンプ地を探し、日の落ちないうちにテントの設営を始める。夕食の準備、仲間の応急処理、搬送の用意、壊れたバイクの修理とメンバー全員でそれぞれが出来る最大限の仕事をこなす。

砂漠に夜がやってきた。昼間太陽に焼かれた砂面が一気に温度を落とす。トウァレグのガイドがランクルの屋根から乾木を降ろして火を起こす。やわらかく暖かい焚き火の傍に彼を寝かせて私たちはあえて普通の話をした。こんな大砂漠では何が起きてもおかしくない。今日本当は自分だったのかもしれない。
しかし一つ大きな問題があった。それは街から遠い事なのだ。しかもタマンラセットからここまでほぼ道なき砂の海を走ってきた。事故後、連絡をとった救助のピックアップの車が闇夜の砂漠をどう走ってこの位置に来られるというのか。不安が暗闇に倍増される。
すると誰かが小高い砂山でどこからかうち捨てられていたトラックの古タイヤにガソリンをつけ燃やし始めた。そうか、この光を目印にする訳だ。古タイヤは数時間は燃えるという。何か希望の光が見えてきた。しかし不運にも一時間たらずで火柱は終わってしまったのだ。長い夜が来る事を誰もが想像しなければならなかった。焚き火を絶やさぬ様、バイクや車の明かりを闇夜に向けながら私たちは待った。それから数時間経った。

遠くかすかに車のエンジン音。そして小さなライトがこちらに近づいてくる。何故この位置が分かったのか、そんな事はどうでもいい。私たちは神の救いの様なランクルの登場に歓声を上げた。早速搬送の準備、手続き上、本人とバイクがタマンラセットに戻らなくてはならない。怪我人をランクルへ、バイクは応急処理後、仲間の自走になってしまう。また長い夜になりそうだ。明日の10時をめどにまたこの場所に戻って来られるだろうか。
その晩はしんしんと冷えた。翌日朝から強い風が吹いていた。テントを畳むのもバタついてやりにくい。昨日のドタバタで気づかなかったが、自分のXRの前輪がパンクしていた。私たちは一通りの準備が終わり、再びのランドクルーザーを待った。
砂の海では千里眼になる。いつも遠くを見つめ、何か些細な動きをキャッチしようとする。地平線のわずかな砂煙も視界に人がいる喜びを感じるのだ。



【トゥアレグ】
10時を過ぎてからはひたすら一点を見てしまうので、皆余計な動きをしなくなった。強風の中、耳をすませると縦横無尽に走り抜ける風がバイクの金属をすり抜ける度に、キーンキーンと高鳴りしていた。
私たちはひたすら待った。サハラは恐ろしい。ランクルは一時間前にこの近くを通り過ぎていたにもかかわらず、このキャンプを発見できずまた一回りしてしまっていたのだ。結局今日の出発は二時間近く遅れ、昼になってしまった。今日はどの位前進できるだろうか。

走り始めると、再びの軟弱な砂。轍の深い場所前でコース読みし、高速で一気に硬い路面まで抜けるしか手はない。それでもいったん転んでしまえば重いバイクを起こすことで体力を消耗してしまい、かつ次の発進が難しくなる。今日の距離は100キロに満たなかった。予定の半分も消化できていない。

日没を読んで幕営地を決める。今日は砂から這い出た奇岩に寄り添う様にそれぞれが散った。今日も焚き火を囲んでトゥアレグティーをごちそうになる。砂の中で焼いたトゥアレグのパンは素朴な味でおいしかった。
焚き火の回りに何故か人が集まる。ヘッドライトも消したくなるのだ。英語・フランス語・アラビア語・日本語、ゴチャ混ぜに楽しいひと時を過ごす。予定が遅れている事、砂地で疲れた事、明日の走行はしばし忘れる。不思議だがサハラの点の様な場所にいる自分たちでありながら、トゥアレグの人が起こすこの暖炉の様な炎と温かいティーで安心感が得られるのだ。明日は早出になった。今晩も冴え冴えとした三日月が私たちを見下ろしていた。



【砂嵐が・・・ 燃料が無い・・・】
アルジェリアの南、インゲザムへ向う日。今日は砂に慣れてきた人、砂と闘う人、砂を楽しむ人、それぞれがサハラの道標を確認しながら進む。しばらくすると地を這う砂のブリザートに遭遇。地上30センチ位を猛烈なスピードで蛇行しながら吹き荒れる。もっと激しい砂嵐ならビバークだったろう。昼、やっとインゲザムの町の食堂にたどり着く。三日ぶりの食堂だ。

その後、燃料給油の為、砂・砂・砂に埋もれたスタンドに立ち寄る。しかし・・・ないのだ。燃料がない。何気に人と車の列、もう何日も燃料を待っているというのだ。信じられない。時間がかかるという次元を超えてしまっている。私たちは再びここで待つことを強いられる。それも酷暑の中である。とにかく日陰で休もう。状況確認に行ったメンバーを除いて目に付いた日陰を探して移動した。そこはスタンド事務所の階段脇にできたわずかな日陰だった。

ジャケットを脱ぎ休んでいると、浅黒い肌のターバンを巻いた男が何やら抗議する。最初はよく分からなかったがすぐ理解した。太陽が天の真上から刺すように注がれるこの国の2時から3時は極めて日陰のできる面積は少ない。建物の陰は貴重だ。
カミヨンの大きな影や懐は最も頼もしい。実際これまで日中路肩でトラックを修理、休憩するドライバーといえばヤギも加わって車両深い懐で涼をとっていた。回りを見ると誰もが差しさわりのない薄っぺらな影で頬杖をつきながら何かを待っていた。
我々は彼らのいつもの日陰を占領してしまっていたのだ。別の方向にあるコンテナの影を選んで移動する。日中炎天下を移動しなければならない者にとって影は命の影なのだ。
日陰に入ろうともホガールから数百キロも南降下している為、40℃近い。私は流れ落ちる汗の分、水を補給しながら暑さの中待った。

その後、特別な計らいで我々に燃料がもらえる事になり砂に埋もれたスタンドを脱出したのだ。
そこから国境事務所まで数キロ、轍を追いながらたどり着いた時は既にボーダーパスは閉まっていた。明日朝一番の手続きの約束を取り付け、事務所前で三日目のキャンプ設営をする。


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