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グランドサハラ エクスペディション 帰還
(セネガル〜モーリタニア〜西サハラ〜 モロッコ〜ポルトガル〜スペイン)-
p19
月風かおり
〜〜〜〜そして〜〜〜〜
私はこのサハラエクスペディション記にあたり、まったく自分勝手な感動を優先させて書かせていただきました。
この旅は、一人で成し遂げられたものではありませんでしたし、記の中ではもっと詳細に仲間への感謝の場面をお書きするべきでした。
この大サハラ縦断は日程も長く、日本からの準備はそれぞれがいろんな事情のハードルを乗り越えて、出発点に立ったのです。
それゆえ、その思いが凝縮され、感動もひとしおなのです。
サハラ越えは、特にバイクの旅は単独ではかなりハードです。それは、水と荷物と食料の問題があるからです。我々は、一人として単独では無理でした。
この場をお借りして、長い旅の中で、お世話になった方、助けていただいた仲間の皆様に改めて御礼を申し上げます。
砂漠のライディングでの転倒、整備のアドバイス、体調管理など、細部で力になっていただき、本当にありがとうございました。
そして、ここで改めてお名前を出させていただきます愉快なメカニックこと、川崎市単車屋トム、小島努さん。なにも出来なかった私に車載工具だけで行う応急処置を教えていただきました。XRは、パンクが3回、チェーン交換1回、タイヤ4本消化、オイル交換4回半、エアークリーナー交換、レバー折れは幸いありませんでした。彼はどんなトラブルに見舞われても、知恵と技術とユーモアで乗り越えてしまうのです。彼のメカニックの技術は、サハラのような都市機能と、豊富な物資が皆無の世界で発揮されるといっても過言ではありません。荷札の針金一本でも起動材にしてしまうのでしから・・・・・
そして、今回の旅の全工程を指揮、管理してくださった(株)道祖神の菊地優さん。ナビゲーターであり、ドライバー、そして一人の旅人でした。彼もまた、18000キロピックアップを走らせたのです。
この旅は、感動と同じくらい偶発的なアクシデントがありました。しかし、どんなトラブルの時も、冷静な判断力と、押しのある交渉力、そして、迅速なアクションで乗り切り、また、流れを変えることの出来る方でした。
彼は予期せぬ出来事、それは良い悪いに関係なく、'明日'という日を楽しむ才能がある人のように思うのです。
ともすれば、砂の海で遭難するかもしれない緊張感をかかえて、用心深く私たちを見守り、アフリカの広い知識と豊富な経験で、夢の旅を創り上げてくれました。
細かいことにこだわらず、かつ、細心の注意を払う、豪放にして緻密。エクスペディションのリーダーとしての才覚を十分持ちながら、旅を楽しむ一人の気さくな人間、そんな安堵感がこのハードな旅を支ええいたような気がします。
そして、本当に最後になってしまいましたが、世界の賀曽利、サハラの賀曽利こと、永遠のライダー、賀曽利隆さんです。
アクラまでのサハラ砂漠縦断は、恒例の「賀曽利と走ろう!第10弾」として出発しました。なんと今回で、13回目になるというサハラ縦断。1968年のジプチ〜アレキサンドリアを初めとし、海から海を実現させてきた偉大なライダー、そして、サハラを庭のように爆走してきた彼もまた、熱い情熱だけが数々の至難を乗り越えてきた方なのです。彼の目尻に深く刻まれた笑壷に限りない旅の経験と、風の中を自由にさすらう憧れを感じてなりませんでした。
寂漠の蜃気楼を追いかけるルートでは、力強く先導し、サハラの砂の海の爆走では、最後尾で、視界から外れそうなライダーを見守ってくれました。ヘルメットから覗く彼の眼が、アクセルを開くと同時に火の玉のように燃えていたのを覚えています。
旅の達人たちと、いい仲間、まるで十代のような情熱を、共に燃やした貴重な時間を分け合えたことに、心から感謝したいと思います。
ありがとうございました。
ここにサハラ記の長々の文章におつきあいいただきましたことを お礼申し上げます。
大サハラ砂漠縦断エクスペディション 90日 18000キロ
月風かおり
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