グランドサハラ エクスペディション 帰還
(セネガル〜モーリタニア〜西サハラ〜 モロッコ〜ポルトガル〜スペイン)- p17
月風かおり

【哀愁・アフリカが終わる。】
朝、フェズの気温は2度だった。郊外にぬけると、緑豊かなワィンディング。しかし、昨日の夜からの腹痛と嘔吐で体調を崩していた。日が差しても体が温まらないのだ。カバブーの香ばしい匂いも、タジンの香りも全く受け付けない。きついライディングの日になってしまった。自己管理が甘くなると、いけない。
メリーナは、モロッコとスペインの戦火後、海の主要地としてスペインが占領した街だ。アトラス最後のリフ山脈を越えると、眼下に蒼い地中海が見え始めた。チュニスのシディブサイドで見たあの紺碧の海に戻ってきたのである。 2ヶ月半、サハラを南下から北上と走り抜いたのだ。
 2/17 小さなスペイン領から再びモロッコへ、国境をでる。豊かなメリーナからモロッコへと人と物資が移動する国境。人々は少しでも良い品物をモロッコへ運ぼうとする。そこには不法侵入者と警察の小競り合い、暴行、なにげなく歩きながら、壁の向こうへ荷を投げ込む'投げ込み屋'。 生活の為、家族の為、幸福の為の日常、日本人にこんな緊張感があるだろうか。
 2/18 風は冷たい。そして海は蒼く、空は高い。今日はホセイマから一路内陸へ向かう。山は地中海に落ち込んでいるため、内陸しか道は無いのだ。
標高1600メートル、寒い。今日は出発からずっとワィンディングが300キロ、残雪の中続いた。寒さと冷たさはあの灼熱のサハラを恋しくさせる。人間とはわがままなものだ。そしてもうジブラルタルを渡る日が明日にせまっていた。 チェニスから40日かけガーナへ、ガーナから西アフリカを経由し、43日目で海の玄関スペイン領セウタへ入るのだ。
喧騒のアフリカ、砂と埃のアフリカ、鮮やかなアフリカ、暑かった、寒かった、怖かった、そして感動のアフリカを激しく駆け抜けた気がする。
明日、この大陸を離れるとなると、どの場面もときめきと驚きに満ちた、かけがえのない時間だった。サハラ走破を胸に、大陸を何百キロと小刻みに移動し続け、毎日が昨日と違い、過酷な状況さえも、私を飽きさせることはなかった。それは、自然の驚異に膝まずきながらも、生活や文化、環境の違いを越えた、見たことのないものへの単なる驚きではなく、ある時は、生への問いかけ、貧困への疑問、歴史の重さをも知らされたのだ。そして、呆然とする自分にサバンナに沈む太陽が抱擁してくれたし、サハラの満天の星が宇宙の中の生命を教えてくれた。 
北アフリカ、西アフリカ、それでもまだ一部しか知らないのだ。遥かなる大陸。旅の刻まれたシーンは、私自身をほんの少しでも精神の高みへ誘ってくれたと、確信したかった。
 2/19 アフリカ大陸最後の日。スペイン領、セウタに向けて出発。海岸線を17キロ走り、国境に着く。城壁の古城、石の建物の風化は歴史を感じさせる。国境では顔見せがあるが、ツーリストはほとんど問題ない。
そして、Algeciras行きの船便に乗り、ついにアフリカの地を離れたのである。このジブラルタル海峡を渡るためにひたすら北上してきたと言っても良かった。
XRのエンジンは絶好調のままヨーロッパに入った。よく走ってくれたものだ。あともう少し頑張ってもらいたい。
太陽のアフリカ、砂のアフリカ、生命のアフリカが遠ざかり、ついに、ユーラシアの先端、スペインに入った。すぐ、イギリス領のジブラルタルのボーダーパスを通過する。ガソリン18L、16.5ユーロ。さすがに高い。この小さな世界地域を足早に、さらに300キロ北上し、Sevillaの郊外へ入ったのは日もどっぷりと暮れたころだった。 体調が思わしくない。風邪だろうか・・・・  
 2/20 つらい誕生日の朝だ。早朝のライディングに、30分もすると、体がフリージングされてしまう。快適なロードコンディションなのに困った。サービスエリアでも休んだ気がしなくなってきた。ザックも降ろせない。 とにかくイベリア半島の地図は手にいれないと・・・・
ポルトガルのリスボンに入る。歴史に彩られたなんと美しい街なのだろうか。このリスボン近辺だけでも、3つの世界遺産に遇えるのである。16C初めに航海の管理塔として建築された、テージョ川河口の'ベレンの塔'、ペナ宮殿をもつ、シントラの文化的景観、そして、あの有名なジェロニモ修道院である。
我々はモロッコのアトラス越えを回避した3日の貯金で、ユーラシア上陸後、スペインのマドリッドに直行せず、ポルトガルのロカ岬経由でスペインに入るルートに変更したのだった。しかるに、私はこの美しい街の予備知識なしに、訪れてしまったということなのだ。大航海時代のこの国の偉業と歴史的財産を日本語ナビゲーションで改めて読み直すことに・・・  
 2/21 宿をエストリアルに近いリゾート地、カスカイスに置き、ユーラシア最西端のロカ岬へ。その後、シントラのペナ宮殿、ジェロニモ修道院と惜しみなく遺産探訪に時間を使った。夕刻、タイヤ交換4本目の作業を済ませた。あと1000キロほどはあるだろうか。 
 2/22 北上と共に、雨。日本では青森くらいの緯度だ。寒さがしみてきた。体感もマイナスになっているだろう。おまけに午後からみぞれに変わった。高速を下り、ほっとしたところで、ポルトの街に入る。石畳の静かな歴史の街、この町はヨーロッパでも最古の街、そして、なんと言っても、ポルトワインで有名である。ドゥロ川沿いに続く葡萄畑、ポルトワインの積み出し河口地でもあるオポルトはワインセラーに横付けされる帆船の景観が、魅力的な風景として代表される街なのである。何もせきたてて急ぐ必要のないこの空気、ゆっくりとした時間が流れている路地、私は、濡れた石畳を歩きながら、ワインの熟成にも似たこの雰囲気に心地よく酔っていった。