|
グランドサハラ エクスペディション 帰還
(セネガル〜モーリタニア〜西サハラ〜 モロッコ〜ポルトガル〜スペイン)-
p15
月風かおり
【ついにアトラス山脈が・・・・】
2/10 タンタンから少しずつ高度を上げながらワィンディングを繰り返してゆく。砂から岩の大地へ、そして、盆地から峠へ、このあたりはもうアトラス山脈の西端に入っている。盆地に入るときまって砂嵐がはじまる。突風に視界を失う凄まじさだ。油断すると足元をすくわれそうになる。地を這う砂に、サハラの健在ぶりを噛みしめた。ロバもヤギも顔相を変え、イスラムの長衣が風さにおどらされるメインストリートを我々は幾つも数えた。そして、再び、海に面したアガディールに到着した。私たちはもはや北アフリカに入っていた。
北欧との混血美人、建物の混合文化を垣間見る。この大陸の内陸と海岸での暮らしはあまりにもちがいが大きい。港を置く立地に恵まれている場所はすべて、過去に幾度と無くヨーロッパの力が入っていた。このアガディールもカスバ(
要塞)山がシンボルになっており、もろく崩れた城壁跡が残っていた。2/11 サハラで砂まみれになったバイクの掃除。ピックアップの整備。こびりついた砂、不思議だ・・・きれいにすると少しさびしい。
【モザイクの国モロッコに浸る】
アガディールから北へ、街を出ると山並みが飛び込んできた。
ゆっくり登りにはいる。アトラスの西端ということになるが、赤土の地層である。峠をいくつか越えると、2000メートル級の山々の冠雪が見え始める。いよいよ、ここまできた。雪のアトラス山脈。一旦峠を下りると、今度は4000メートル級の雄大な連峰が・・・すばらしい。
マラケシュ。サハラの帰り道は見どころ豊富であった。西サハラの1000キロにも及ぶ空空漠々の海岸線から想像もつかない、そして、あの過酷な砂の海が、ここでは「月の砂漠」に酔うことさえ出来るオアシスの町だった。モロッコはこのマラケシュ、と北のフェズが巨大なメディナをもつオアシス都市、行政都市ラバト、空の玄関カサブランカ、そして我々が目指す海、ジブラルタルに面したタンジールをもつエキゾチックなイスラム世界なのである。
到着後、バイクを町の安全なパーキングに停め、マラケシュの旧市街をガイドについてみて回る。ここではモロッコ名物'タジン'を食べなくてはならない。ジャガイモと鶏肉にトマトベースで味付けし三角山ぼうしの陶器を直火にかけた伝統的な料理である。夕食後、8時は過ぎていたが、私は夕方メディナを案内してもらった時に迷路の途中で見つけた「ハマム」が気になってしかたなかった。
「ハマム」とはイスラムの公衆浴場なのである。行く。
私はバラの小銭だけをにぎりしめて、再び薄暗い迷路へ入っていく。
目印を覚えていたにもかかわらず、やはり迷ってしました。こういう時は、やはり子供なのだ。おつかい帰りの5つくらいの女の子をつかまえて、「ハマム!ハマム!」ハマムに行きたいの、と声をかけると、一瞬、凝視、クスクスと笑いながら、「ハマムだってサ!」と言う感じ。しかし、すぐ明るく先頭に立って歩き出した。彼女たちは、すれ違う友達に「この人、ハマムにいくんだってさ!」
こんなこと言っているらしい。 帰り道を間違えないように振り返り、振り返り目印をチェックするが・・・・迷路。そしてハマムの入り口まで来た。もちろんお駄賃で二人はご機嫌で帰っていった。
中から凄い熱気が漂ってきた。とにかく中へ入ろう。
・・・・・・むっとした蒸気に中、立ちすくむ。入り方が分からない。
最初の一室目は脱衣場といったところだ。とにかく、支度をおえて出るらしい
一人の女性に声をかけ、・・お金はどこで払ったらいいかしら?・・・とバラ銭を見せながら言ってみる。彼女はしばらく私の目と風貌を見ながら、「あなたが入るの?」を無言でテレポーションする。私はコクコクうなづいて、次のアクションを求めるが、あきれた顔をしていた。・・ダメかしら・・と、その瞬間、突然行動にでた。日本で言う番台(地べたに座っていた)のおばさんにまず、入浴料を手のひらのお金から抜き取り、強引に差し出す。そしてもの凄い勢いで私の服を脱がし始めた。「早く!早く!」と急き立てられ、(声がでっかい)あっ、という間に丸裸に・・・・その服を今度はクルクル丸めて、番台のおばさんの足元に置き、「お金をだして!」とまたディルハムを抜き取られる。・・また?
これは服守り料らしい。
裸になった私の手を引っ張り、モンモンと湯気の立つ二室目へ、そこにいるもう一人の女性に大声で、叫ぶ。どうやら、「面倒みてやってちょうだい。」こんな会話。誰もが手を止め、全裸チャイニーズを直視してくれる。私は裸婦過密状態の中をまたぎ通り、入浴途中の一人の女性の前に座った。女性のハマムには湯船はなかった。{宜しくお願いします。}はなんと言うのだろう。
とにかく「メルシー、メルシー。」
だいたい浴場に入るのに、タオルもせっけんも何も持たずに来るのだから・・・・ここまできてくれた彼女は帰っていった。
話を・・と思った瞬間、過激!いきなり頭からのぶっかけに始まり、シヤンプー、体洗いと何からなにまでやってくれる。もう止まらない。笑い顔で面をあげると、全員傍観者だった。お騒がせしています・・・・。
しかし、こんな奇妙な気持ち良さがあるだろうか。
私はお礼に彼女の背中を流した。お互いの顔がほころぶ。なにか通じてきた・・・一通り終わったころに、さっきの彼女が服のまま入ってきた。どうやら心配してきてくれたのだ。ハマムを出たところで、「私の家までお茶を飲みにきて」と誘われ、私はお受けすることにした。
なんと彼女たちは姉妹だったのである。もっと驚いたのは家がハマムの向かいだった。私を中に入れてくれたのが、ジャミラ、洗ってくれたのが、お姉さんのファティファという。
この姉妹の家は彼女の父、母、そして二人の夫とそれぞれの子供たち8人で暮らしている。
イスラムの特に、メディナの一般的な家屋は、入り口が狭いが、中に入ると、中央が吹き抜けになっており、これは、外敵からの進入を防ぐのと、明り取りの効果の効果も果たす。 真ん中にリビング、他2室、一室は細長い6畳位の部屋に、電車の長椅子のようなベッドが、コの字型に壁にへばりつき、中央に小さなテーブルを置くと、もうスペースはない。床と壁にはモザイクタイルが敷き詰められ、家具はジャミラがタッチしたモロッコ図柄が彩飾されていた。「これが私の仕事なの。」と言った。
お茶とパンをいただきながら、お互いの文化の話が始まった。分からない時は、ファティファの息子、イマ・アティフが臨時通訳になる。彼は英語のノートを自慢そうに私に見せ、まかせて、と言う感じ。お互いのレベルが、貧しいから、そこそこ適当でいいのだ。
すかさず、鉛筆を二本渡され、箸の使い方を見せてくれという。小さなのもをつかみ上げると、歓声の嵐。この街でも相変わらずカンフー映画は、イマ・アティフたちの世代に人気があるようだ。ちょっとでも'型'のポーズをとると、一歩下がって、喜んで構えるのだ。ファティファが、私の三つ網ヘアーを見て、どうしても同じように編んで欲しいと言うので、櫛をいれ、きちんと仕上げてあげる。満足の笑み。カンフーといい、三つ網といい、始皇帝の映画でも上映されたのだろうか・・・
明日はもうフェズへ向かう。しかし、出発は少し遅いだろう。
ドゥメイン、ドゥメイン、(明日も来て。)とせがまれ、明日、8時の約束で帰ることに・・・・ファティファは、寒いだろうと、自分のジャッケトを私に着せ、スカーフを巻いてくれた。そして、モロッコの陶器の小物入れをおみやげにと、手渡し、
「これはカド(贈り物)よ。」・・・
「メルシー、メルシーボクー。」
アフリカの旅で私は、初めて「カド」を受けた。なんて人懐っこく、暖かいのだろうか・・・
アトラスの万年雪とイスラムのエキゾチックな雰囲気、メディナのランドマーク、クトウビアの塔下で賑わうパフォーマンスプラザ、そんなマラケシュの夜の締めくくりは、スパイスのかかったヒューマニティーなドラマで終わった。
|