グランドサハラ エクスペディション 帰還
(セネガル〜モーリタニア〜西サハラ〜 モロッコ〜ポルトガル〜スペイン)- p13
月風かおり

【幻の国、西サハラへ】
2/6 この日は、ガソリンと食料の調達、バイクの整備、ピックアップのタンクの修理にあてた。 2/7 熱いアフリカが遠くなる。 黒褐色のつややかな肌と、白い歯は北上とともに消え、イスラムの顔、アラブ系の人種に変わってゆく。ヌアディブの郊外で、内陸のズェラートから這う世界一長い鉄鉱石運搬列車のレールをまたぐ。 地元ではこの列車の屋根に載せてもらえば無賃でもいいという。西サハラの国境に向かうと、カラカラに乾ききった土漠が広がった。ヌアディブから55キロで国境事務所、相変わらず贈り物のおねだりも、ここではまだ健在だ。
ここで厳重な注意を受ける。決して道から外れて走ってはいけないと・・'地雷'・・・
サハラのゲリラ戦、この西サハラ領をめぐって繰り広げられたポリサリオ戦線の名残である。
旧宗主国スペインがモロッコとモーリタニアに西サハラを勝手に割譲したのに対して、民族自決権を踏みにじられたとするポリサリオ戦線が1973年に完全独立をかかげゲリラ戦の歴史を繰り返してきた場所だ。
我々はその地雷が眠る尖った土漠を、あるようでない道をたどりながら、コトコトと前進した。しかし、目的の西サハラ国境事務所はいっこうに現れず、ついに塀の見える国境線まできてしまった。遠くで監視していた兵士が'引き返せ'の合図をおくる。
結局、悪路10キロ、リターンして3キロでやっと西サハラの国境事務所に着く。砂漠のゲリラ戦が民族解放とは別に、この不毛の地とみえる広大なエリアを獲得することに何故執着したのか、それはこのエリア一帯のリン鉱石の資源によるものであったことを、後になって知った。西サハラは真さに海岸線までサハラのジャリ漠が切れ込んでいた。アルジェリアやニジェールの美しい砂丘とはほど遠い土漠で、風が作り出す風紋も重く、黒いジャリが沈み込むゴツゴツとした荒々しい風景を見せ付けていた。この土漠こそ、鉱物が潜んでいる、ということなのだ。
いよいよ海岸線の一本道につながる、砂洲の突端、Dakhlaまでの400キロの北上に入った。地図上では海すれすれに見える道だが、約1キロ〜100メートル内陸を走っているためところどころでしか開けない。
あまりにも単調な色と、平坦な土漠のライディングのため、ピックアップが時おり切り込んだ海岸線まで道を外してくれる。するとそこは、もの凄い絶景が広がっているのだった。
紺碧の荒海に刺さり、座礁した何隻もの幽霊船、波と風にさらされ、瓦礫の地層が海にむき出しになっている断崖絶壁。内陸からの濛々とした漠風と、絶壁を這い上がってくる湿った風が、極限の状態で絡み合いながら天に押し上げられてゆく。 
私はこの乱風の中で、スゥーっと体が軽くなってゆくのを覚えた。エンジンを爆発させて砂塵をくぐってきた緊張が解きほぐされ、万が一、この体を海に向かって放ってもかまわない・・不思議な場所に肉体が置かれている気がした。 そんな時、大きく手を広げ、地球を全身で受けとめようとする自分がいた。サハラの西を貫通する海岸線は、まるで人間が帰するところのようだった。
やがて砂洲を旋回かいしながら、ダクラへの分岐点を大きく左に進路をとり、今度は海流と砂が作り出した広大な砂洲の入り江に下りてきた。視界を外れる大スケール。凄い。
その時、はっ、と目に止まったものは、入り江の空高く舞い上がるパラグライダーだった。もうここはヨーロピアンのキャンピングカーが入る人間の楽園になっていたのだ。
ダクラは入植地。いままでにない美しい街だった。
抵抗のないアスファルト、整然とした町並み、掃除された街角、豊富な物資。そうだ、汗ばむ人、埃だらけの市場、ギラギラとした、おもしろかったアフリカは終わったのだ。