グランドサハラ エクスペディション 帰還
(セネガル〜モーリタニア〜西サハラ〜 モロッコ〜ポルトガル〜スペイン)- p11
月風かおり

【脱出せよ! 砂、砂、砂】
 2/5 眠りが浅かったので、太陽よりも早く目覚めてしまう。
今日も長い一日になるだろう。ヌアディブへの距離の半分も走っていないのだ。朝焼けの色は、やがてくる熱砂を予告させるような不気味さだった。 Mamghgrのキャンプ場を8時に出発、再び海岸線を北上するが、硬く引き締まった砂はたちまち消え去り、波打際の深い轍、湿った砂が、行く手を阻む。まだ乾いた路面のほうが太刀打ちできる。
直線距離はこの海岸線のルートであるが、昨日のスタッグを考えると、これ以上前進は不可能。昨日海岸線に下りてきた分岐点まで戻り、内陸をせめるしかない。
ピックアップはその場でUターンも方向転換もできない状態にはまっていたので、そのままじわじわバックして戻ってゆく。いかなる時もそれぞれの判断しかないのだ。バイクはバイクで、車と同じように、湿った轍を引き返すための加速距離ななかった。エンジンが焼け付いてしまうバイクは、じわじわ、ということができない。左は海、右手は砂の丘がたちはだかっている。この丘さえ越えれば、内陸の道へ戻れるのだが・・・・
ギアーをローに入れ、エンジンを思い切り興奮させる。重心をリアに移動し、繋いだ瞬間にアクセルを全開に発進した。XRは深い砂の丘を左右に振られながらも駆け上がり、ピークで待ち構えていたピストンをいくつも飛び越えた。 わたしは硬そうな沙面だけを探しながら、車と合流できそうな比較的平たい場所を見つけそこで止まった。なんとか・・・・
振り返ると、車は分岐点よりさらに後方まで後退し続けていた。すぐに理解した。硬く締まった砂で、砂丘を登る加速をつけるのだ。
たいした高さの砂丘ではなかった。しかし、海岸に下りる車の轍がこのルートに集中しており、軟弱さを極めた。きのうは下りと重力の法則で降りきったのであった。もちろん今日は引力に逆らう。
車はかなり後戻りして止まった。それから一気に走り始める。ドライバーの緊張が伝わってくるようで、祈るような気持ち・・・。車はヨロヨロと砂に捕らわれながらも砂丘を登りきり、自分のいる方向に近づいてきた。'やったー'  そして、ここで止まってなるものかと、全開したまま待機していたバイクを追い越してゆく。
これはもう間違いなく' 爆進!!'の合図だった。私は遠ざかる車を目で追い、砂の地平線に消えた瞬間、猛スピードで砂丘を滑り降り、追い上げにはいった。もう、助ける、助けられる、の状況を超え、ハンドルをにぎる者が皆、砂と戦っていたのだ。
我々はその後、起伏の多い内陸を90キロほど進み、再び海岸線の小さなTen-Allouiという村にたどり着いた。またしてもこんな辺境の地に人の暮らしが・・・・・濃紺に輝く内海と絵に描いたような帆船が一艘。背後はサハラ。
砂のライディングの緊張感は、エンジンを切ると引き潮のようにおさまった。こんな絶景を楽しむ一人の旅人に戻れるからだ。そして、何かから開放されたという安堵感が、海風に助けられ漲ってくる。 ここでひとまず昼食。おなじみの缶詰とフランスパン、そしてオレンジ、いつものメニューだが、蒼々の海がデザートのロケーションだった。
この先は再び内陸へ入り、西のChamiから出ている新道に出られると、ガイドは話した。ホガールルートもテレネ砂漠もガイドなしでは生きて帰れなかった。彼らはこの砂の海を知り尽くしているというのだろうか・・・・ 太陽が頭上に達し、朝の冷気は熱風に変わろうとしていた。今日のライディングの運動量は大きい。これまでずっとザックを背負っていたが、この先はピックアップに預け、少しでも疲労を貯めないようにする。
ガソリンはこの村では手に入らなかった。Chamiまでどのくらいかかるだろうか・・・・走り始めてから数キロは抵抗のない砂地だったが、やがて、ゆるやかな砂丘から大きな起伏にはいると、車もバイクもルート選びに苦労した。というのも、大きな起伏はHill Topの先が読めないため、ルートを選びながら入る迷いが、砂につかまる結果になってしまうのである。
逃げ場の無い轍でピックアップが捕まると、一瞬のスピードダウンで重いバイクと化す。微粒子の集団が瞬く間にタイヤの回転に絡みつき、あわててアクセルを開いてももう遅いのだ。その上、この海岸線のサハラは内陸の'不毛'に比べて、湿度が幾分あるせいか、わずかに植物が生息している。しかし、それがあまりの乾燥で地表の葉は枯れ果て、残根だけが盛り上がり、沙面をハードなピストンに変えているのだ。
減速を避け、また追いついてしまう状況を避けるためにはその残根ダートを走るしかないが・・・・ギャップの波を高速で飛び越える状態は、体が宙に浮いたままで、車体も立て直す余裕がない。ここもつらい。轍に戻ろうとハンドルを切った瞬間、猛スピードで爆走してきたピックアップのスレスレを横切ってしまう。危うく仲間同士の事故になるところだった。
車のスタック、バイクの転倒、と悪戦苦闘しながら数十キロ、ここで大きなトラブルが発生した。深い砂地で車腹をこすりながら爆走し続けた結果、予備タイヤを固定するバールが外れて燃料タンクに穴を開けてしまったのだ。大至急処置しなくてはならない。
我々はこの深い砂の海に漂う難破船になってしまった。
太陽と砂に捕えられた。
車体を軽くするため荷物をかき出す。スコップで深く掘ったワゴンにメカニックが入り、作業をすすめる。ガソリンを全部抜くのだ。熱風は乱風となって車体の懐で渦巻き、作業を阻む。私はサハラの著書の一節を思い出していた。それは、'サハラの旅はどんな十分な装備を持ってしても、それ自体が燃えてしまってはおしまい、命の危険はどこにでもころがっている・・・・'と。
ヌアディブは遠かった。朝出発してからまだ100キロにも満たない。結果、タンクに空いた穴は、工具の廃材利用で応急処置を終え、もう一度ガソリンを注ぎ込む。炎天下、3時間の漂流から脱出し、Chamiを目指した。 サハラにおいて流浪の民は存在しない、自由と引き換えにこの孤独な煙毒の地で生きてきた商隊や旅人と、今真さに同じ空気を吸っているのだ、という張りつめた緊張の中に自分を確かめていた。
NPの境界線を越えたころ、Chamiから延びる新道に出会える。砂が終わったのだ。この道はまだ地図上にもない。ガソリンを補給しとりあえず一息。
快適なアスファルトを走り出すと、情けないくらい体が弛緩されてゆく。快適な道は、しばらくの間私の頭を空っぽにしていた。しかし、路面にガソリンにあとが・・・・完全にはふさがっていないようだ、もう一気にヌアディブ  に向かうことにする。風は東から西へ、内陸から海へ砂を動かし、この舗装路さえも、路面を這う砂の餌食になろうとしていた。私はこれでもかと現れる怪物を全開で踏んで走った。後にはただマシンの足跡だけが残ったが、それも数時間で跡形を消してしまうに違いない。不気味なこの一粒の砂に魔心があったなら、間違いなく世界を征服していたことだろう。
例のように、新道もまた130キロでパッサリ切れる。工事途中のダートへ下り、さらにそのダートの側道へ。ここもまたサハラの岩漠地帯なのである。ゴツゴツの荒地、起伏。刻々と変わるコンデションに食らいつき、どのくらい走ったろうか・・・西日がゴーグルに入った瞬間、路線を外れて爆走し、派手に大転倒してしまった。私はこの時完全に集中力を失っていた。 'いけない・・・砂と闘ってはいけないのだ。'サハラでの抵抗は沈没につながる・・・・
太陽はこのありさまを見届けて沈んでゆく。
残照の空は、艶かしい女性の唇のように紅を発光し、逆光に浮かび上がる黒い無数の岩根がエロチックな世界を見せていた。
瞬時に捉えた光景が、こんな風に目に焼きついたのは、その時の自分があまりにも情けない状態だったのか、それ程までに精神が高揚していたのか、それは覚えていないのだ。
あと50キロ、ヌアディブまであと50キロの行程を残し、闇夜の世界が来ようとしていた。その先は運良く、舗装路が貫通していた。一気に行く。道の両側にうっすらと確認できていた砂の稜線がじわじわと暗闇に溶けてなくなってしまうと、テールランプだけが頼りだ。今日のナイトランは呆然と走ったような気がする。しかし、街に入る数キロ手前からまたしても砂、砂。油断ならない。どうしてアフリカは街の郊外で舗装が切れてしまうのだろう。外国資本はここまで、ということなのか・・・
地図上でここは、たしかモーリタニアの太平洋に面したマナティの鼻のように垂れ下がる砂洲、ブランク岬、だとすれば、バンダラゲンNPのように絶景が広がっているはずなのだが・・・まったくその様子はわからない。街灯のあるヌアディブの街に入り、我々は長い長い一日が終わった。 モーリタニアの砂の海を越えたのだ。